03 悪党飯

 悪い奴らの飯はうまそうだ。
 子どもの頃からなんとなくそう思っていたのは、『ゴッドファーザー』の影響が強い。家で観る映画のジャンルは限られていた。母はやたらとミュージカルを薦めてきた。妹は好きそうだったが、私は人がいきなり歌って踊るという状況がどうしてもみ込めなかった。

 だから、父と一緒に映画を観た。父の趣味はいくぶん偏っていて、クリント・イーストウッドが主演のアクションもの、侍もの、西部劇が大半を占めていた。そこにときどきギャング映画が交じる。内容はよくわからなかったが、ギャング映画の緊迫感と不穏な空気は気に入っていた。人がいきなり歌って踊るのは駄目だが、人がいきなり銃撃戦をはじめたり殺されたりするのはなぜか呑み込めた。

『ゴッドファーザー』は言わずと知れた三部からなる超名作で、大人になったいまも何度も観返しているが、はじめて観たときはパスタに釘付くぎづけになった。イタリア系移民のマフィア映画なのでパスタがでてくるのは不思議ではないが、そのパスタがスパゲティ・ミートボールだった。スパゲティ・ミートボール! ミートボールが入ったスパゲティは子どもの憧れだ。アニメの『わんわん物語』や『ルパン三世 カリオストロの城』にもでてくる。それを悪そうな男たちがわいわいと食卓を囲み、ママに作ってもらって食べている。用心棒も一緒だ。これから人を殺したり脅したりして悪事を働く奴らがスパゲティ・ミートボール!

 キュンとした。不良が雨の日に仔犬を拾うところを目撃してしまったかのようなときめきを覚えた。悪い奴らの晩餐ばんさんに交じりたいと思った。
 ミートボールはこれまたマフィア映画の名作『グッドフェローズ』にも登場する。男の料理映画は、とかれれば真っ先にこれをあげたい。こちらの悪い奴らは警察に監視されながらもトマトソースの鍋から目を離さず、こだわりの配合のミートボールをね、刑務所に入れられても上質なワインや食材を調達し自ら腕をふるって料理をして、ファミリーで食卓を囲む。マフィアの幹部がニンニクを剃刀かみそりの刃で薄くスライスするシーンは有名だ。

 最近の映画では、マフィアではなくアイルランド系ギャングだが『ブラック・スキャンダル』の食事シーンも印象的だった。実在の凶悪犯であり、ギャングのボスだったジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーが主人公なのだが、彼がこれから手を結ぼうとする相手の家で夕飯をご馳走になるシーンがある。料理を褒めるホワイティに気を良くした相手がレシピを教えようかと言った瞬間、ホワイティが静かにキレる。「お前は家族の秘密を簡単にばらすのか」と。凍りつく晩餐会。同じ食卓にいたら一瞬で味がしなくなるだろうなと思った。
 ちなみにホワイティはジョニー・デップが演じている。私はこの禿はげで顔色の悪い凶悪犯役のジョニー・デップが一番好きだ。悪事においては『シザーハンズ』並みにピュアだと思う。ジャック・スパロウ役はいまいちだ。ゾンビと海賊は風呂に入っていなそうで受け付けないせいかもしれない。

 正義のヒーローの食卓より、悪者の食卓のほうが格段に魅惑的だ。ヒーローはプロテインなんかを摂取して健康に気をつかっていそうだが、悪者からは「俺はどこにいようと誰がなんと言おうと俺の好きなものを食うぜ」という気概を感じる。とても自由だ。自分のことだけしか考えず欲望に素直なので、美味を知っていそうだし妥協もなさそうだ。

 そんなことを思っていたら、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター博士に出会った。もう彼においては「観た」ではない。独房の中で微笑みを浮かべながら立つその姿を目にした瞬間に「出会った」と思った。医学博士にして美食家、美意識が高く芸術を愛し、礼儀にうるさい猟奇殺人犯の彼は人肉を食す。料理の腕は超一流、人の脳を生きたまま焦がしバターソースで調理したり、お洒落しやれデリ顔負けの人肉弁当を機内に持ち込んだりする。ドラマ版『ハンニバル』では腕はますますあがり、遠心分離機なども駆使して芸術的なまでに美しい料理の数々を披露してくれる。もちろんこちらも食材は人間。

 ギャングたちと違って彼は群れない。たった一人で無礼者を殺害し、誰からも理解されない孤高の美味を追求する。世の中のルールもモラルも関係ない。血塗られた残虐で野蛮な行為を顔色ひとつ変えず遂行する。けれど、完成する料理は美しく豪奢ごうしやで、招かれた客人たちは人肉とは知らずに食べてしまう。その姿を、微笑みを浮かべながら見守るレクター博士。心底、悪い奴だと思う。思いながら、その完璧で孤独な食卓にうっとりさせられてしまう。彼は私にとって至高の存在だ。

 欲望を追い求めた先には、きっと艶やかな地獄がある。その危険さと甘やかさを悪い奴らは味わっている。欲望のために犯した罪で、明日はどうなるかわからない。殺せば、いつか自分も殺されるだろう。そんな、今しかない彼らの食卓が豪華にならざるを得ないのはわかる。けれど、きっと私が味わうことはない。悪い奴らの食卓には私が知ることのない美味があり、禁断の果実のように憧れ続けている。

第2回は11月14日(水)、第3回は12月5日(水)更新予定

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。
2008年「魚神」で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『人形たちの白昼夢』『クローゼット』『正しい女たち』などがある。