#25

焼肉と虚ろな女

 食いしん坊だと言われるし、そうだと自分でも思う。食のエッセイ連載をはじめてからはますます食いしん坊だと思われるようになった。

 けれど、なんでも好きなわけではない。確かに食欲旺盛な方ではあるが、好きなものをたくさん食べるのが好きなのであって、すべてにおいて大盛りがいいわけではない。また、いわゆる美食家ではない。その辺りはよく誤解されがちだ。

 そして、よく食べるが、早食いではない。漫画などで食欲旺盛な人間がガツガツと食べる描写があるせいか、そこを勘違いする人が多いと感じる。初めて一緒に食事をする人に「もっとガンガンいくかと思った」と言われることもある。

 私は短距離型ではなく長距離型だ。好きなものを延々と食べていたい。家で仕事をしているせいか、ちょこちょこ食べるのがすっかりリズムになっている。外で用事があり、四時間ほど何も口に入れられないと、空腹で倒れそうになってしまう。毎晩、仕事用パソコンを落としてから、のんびり晩酌をしつつ好きなものを食べ、酒を終えてから締めを作る、という食事スタイルを取っているため、外食でもついだらだら食べてしまいがちだ。とにかく、ずっと食べていられる。朝ごはん、午前おやつ、昼ごはん、昼おやつ、夕おやつ、夕ごはん、デザート、飲みながらおやつ、夜食……そして、また朝ごはんというように食べ続けてしまうので、一緒に旅行したり取材したりする人はたいてい胃腸を壊してしまう。

 食べるのも遅いが、食べる途中でよくぼんやりしている。ひととおり食べて空腹ではなくなると、まだ食卓に残っているものを眺め、満ち足りた気分に浸る。まだたくさん食べるものがある。まだ私の胃はものを入れられる。満腹になってしまうと、「もう食べられない……のか……」と悲しい気持ちになるので、余地が残っている状態が一番幸せなのだ。

 そういうとき、私は虚空を見つめたまま動かなくなるそうだ。どうやら小さい頃かららしく、家族はその状態の私を「茜ワールドへ飛んでいる」と言っていた。小説家となった今となっては、「物語を考えていたんだよ」とか格好つけたことを言えるが、本当のところは特になにも考えてはおらず、食べ物があるという安心に浸っている。

 前に(てん)(こく)教室の飲み会があった。甘党S先生が掘りごたつの焼肉屋へ連れていってくれた。たくさん肉を頼んでいいと言う。私の大好きな赤身のコースもあり、分厚いステーキなんかも焼ける。サイドメニューも豊富だ。とても気の利く年下美女が「千早さん、ご飯いりますか」「石焼きビピンバと冷麺どっちにします」とかいがいしく世話をやいてくれる。「いるー」「両方ー」とすっかり甘えた。

 テーブルに隙間なく料理が並んだところで、ぼんやり至福タイムがやってきた。S先生たちは書道や篆刻の話をしている。私には、五人以上集まると急に会話の手を抜く、という悪い癖がある。自分が話さなくても誰かが話してくれるだろう、と自堕落な計算が働く。

 その上、私は声が小さい。どうがんばっても大きな声をだせないし、だそうとすると喉が()れるし疲弊する。学生の頃、バイト先の熱血店長に「元気に声だして!」と言われたのに対し、「私は大きな声はだせません。お客さまに喜んでいただく違う方法を考えます」と言い、()(ぜん)とさせたことがある。本当にでないし、でないことは自分でわかっている。
 だから、大人数の騒がしい飲み会など、もう完全に話す気をなくし、せいぜい隣か向かいの人としか目も合わせなくなってしまう。生きにくい。

 篆刻教室の飲み会は穏やかなものだったが、私をぼんやりさせる要因は揃いすぎるほど揃っていた。気のおけないメンバー、いい感じのほろ酔い、私が参加しなくても盛りあがっている会話、テーブルの上にはたくさんのおいしい食べもの。私は箸を置いて、しばし幸福な時間にたゆたった。

 どれくらい時間がたっただろう。ふと我に返ると、斜め向かいのテーブルのサラリーマンたち全員が身を乗りだすようにして私を見ていた。つぎつぎに頭を下げてくる。一番年上に見える男性が立ちあがり「うるさくして本当に申し訳ありません」と謝る。

 なんのことかわからなかった。まわりを見るが、確かに私に謝っている。彼らはどうやら私が(にら)んでいると思ったようだった。焼肉屋で肉も焼かず、長い時間ぴくりともしないでガンつけてくる女がいたらそりゃあ怖い。
 睨んでいない。見てもいなかったし、彼らの気配すら感じていなかった。ただ、虚ろになった私の顔が彼らのテーブルの方を向いていただけだ。
 慌てて首をふったが、弁解はできなかった。彼らは頭を下げ下げ食事に戻ってしまった。

 教室のみんなが「どうしたの」と聞いてくる。話すと、大爆笑された。「千早さんは黙っているとちょっと怖いですからねー」と年下美女が笑う。「そやなあ、迫力あるかもなあ。でも、ええことやで」と優しいS先生がフォローにならない励ましをくれる。私は目つきが悪く、への字口なのだ。生きにくい、と三十後半にしてしみじみと実感した。
 楽しく飲んでいたサラリーマンたちには本当に悪いことをしたと思っている。

イラスト 北澤平祐

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。
2008年「魚神」で第21回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『人形たちの白昼夢』『クローゼット』『正しい女たち』などがある。