#03

酔いの夜道

 職業柄、家にひきこもりがちだ。
 もともと家にいるのが大好きで、ずっと家にいられないものか、と悩んだ結果、小説家という職業を目指したところがあるので、ずっと家にいても苦にならない。日がな一日、本棚の前で寝っ転がって過ごすことができる。何日続けても飽きない。

 用事がなければまず外にでない。太陽の光を浴びたいとか、人の集まる場所に行きたいとかちっとも思わない。編集者との仕事のやりとりもメールや電話でできてしまう便利な世の中なので、ますますひきこもりがちになる。

 外出する理由で一番多いのは食だろうか。食料品の買いだし、そして、外食。
 家ごはんも外で食べるごはんも等しく愛しているので、おいしい店があると聞けば必死で仕事を終わらせて食べにいく。食いしん坊の友人が多いので、人と会うときはたいてい食メインでの会合になる。そして、仕事相手には食で釣れば外にでてくるとバレている、おそらく。
 私のツイッターが「食テロ」「食べ物ばっかり」と言われるのは、ほぼ食関係でしか外出しないからだ。あと、ペットを飼っていないからか。

 外食は夜が多い。食べているときは嗜む程度で、料理に合うお酒を二種類ほど。お腹がいっぱいになると、甘いものと濃いお酒を求めて夜道をさまよう。京都の夜はいい感じに暗く、小さくともった店の灯りから灯りへとゆっくり歩く。

 酔うと、歩きたくなる。昼間だとすぐに家に帰りたくなってしまうのに、夜だといくらでも歩ける気がするのはなぜだろう。街灯の光がにじむように輝いて、靴音が高く響き、家々の排気口から湯と石鹸の香りがもれてくる。昨日の夜道はかすかに金木犀きんもくせいの匂いがした。秋の夜はいいね、と連れに言ったが、春も、夏も、骨にしみるような京都の冬も、ほろ酔いで歩く夜道はいい。闇がやわらかい。

 歩いていると、殿こと夫はよく「蕎麦たべたい」と言いだす。望みのすべてをやたらはっきりと口にする人間なので、夫のことは殿と呼んでいる。織田信長と志村けんのバカ殿様を混ぜた感じだと思っていただきたい。すごく酔っていると「ラーメン!」もしくは「かつ丼!」と騒ぐが、言ってみたいだけなのがみえみえだし、食べたら絶対に吐くだろうから無視する。

 常識的に酔っているときは蕎麦をやたら所望してくる。けれど、好きな蕎麦屋は麺がなくなったら終わる営業形態が多いので、夕方にはたいてい閉まっている。殿はチェーン店を好まない。結果、「夜だけやってる蕎麦屋があればいいのにね」と言いながら家に戻って蕎麦を茹でることになる。殿が料理人ということもあるが、こと食べることに関しては面倒臭がらない夫婦だ。

 知人のバーテンダーも酔うと蕎麦を食べたくなると言う。もう一人の知人バーテンダーはソフトクリームだと言った。飲食関係の知人たちは飲みにでるとぎりぎりまで食べるのか、「なにも食べたくならない」という人が多かった。「むしろ、だしたい」と、なにを思いだしたのかどんよりした顔で言った人もいた。

 ちまたでよく聞く「酔うとラーメンが食べたくなる」という人はあんがいまわりにいない。私も食べたくなったことがない。担当T嬢は「ラーメンって、二十代男子の都市伝説じゃないかと思う」と懐疑的だ。そういう担当T嬢は酔うと「帰宅後にもずく酢とかめかぶとか食べたくなります」とのこと。なんとなく、腰に手をあててもずく酢カップを一気飲みしている彼女の姿が浮かぶ。

 大先輩の女性作家の家に泊めてもらったときは、帰るなり「はい、千早もいるよね」と当たり前のようにガリガリ君を勧められた。あくまで私の聞いた範囲内だけど、女性は「酔ったらアイス」派がかなりの数を占めた。もしくはプリンとか生クリーム系の菓子。

 私も酔ったらエクレアが食べたくなる。それも、コンビニの。菓子好きが高じて『西洋菓子店プティ・フール』というパティスリーを舞台にした小説を書いたこともある私だが、どんな名店の菓子が家で待っていようとも、このときばかりはコンビニのエクレアがいい。リッチでも本気でもない、ふにゃふにゃのシュー生地にミルクっぽいゆるいカスタードクリームが入ったやつがいい。それを、ごくごく飲むように食べる。

『お菓子と娘』という戦前の歌がある。パリの女の子が二人、エクレアをむしゃむしゃ歩き食べするだけの歌だ。人に笑われてもまるで気にせず街をいく。西條八十さいじようやその作詞が好きで、Coccoが歌っているものをよく聴いているのだが、エクレアを食べると、この長閑のどかでお茶目な曲がいつも頭に流れる。
 素敵な詩なので気になる方は検索してみてほしい。女の子と欲望はとてもよく似合う。

 夏の終わり、実家から花咲蟹が送られてきたので友人を呼んだ。蟹の身をほじり、網の上で甲羅酒を炙り、殻を焼いて鉄砲汁を作り、雑炊まで食べて、花咲蟹を堪能した。赤らんだ顔で深夜のコンビニに行ってアイスキャンデーを買った。

 アイスをかじりながら夜道を歩いた。ぬるく湿った風がワンピースをふくらませた。家につくまでに食べきれず、公園に行ってみると誰かが一心にブランコをこいでいたので、町内をすこしまわった。歩きながら「おばあちゃんになってもこうやってアイス食べながら歩こうよ」と言うと、友人は「約束する」と力強く笑ってくれた。
 やっぱり夜はいい、と思った。いつもより正直になれる。

イラスト 北澤平祐

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著者 千早茜プロフィール

千早茜(ちはや・あかね)
1979年北海道生まれ。小学生時代の大半をアフリカで過ごす。立命館大学文学部卒業。
2008年「魚神」で第21回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で泉鏡花文学賞受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞受賞、直木賞候補。14年『男ともだち』が直木賞候補、吉川英治文学新人賞候補となる。近著に『西洋菓子店プティ・フール』『ガーデン』『人形たちの白昼夢』などがある。