とうかさん(3)

 
 幼児のとき一度だけ、生身のサンカを見た。連鎖する諸々の記憶——あどけない思考の残滓(ざんし)——から類推して、おれは四、五歳。その女は、(ざる)(ほうき)の行商にやって来たのだ、父とおふくろとおれ、そして祖母が暮らす、薬局裏の家に。
 異国の唄のような、おれたちと同じ言葉を話しているのだとすればたいそう調子っぱずれな甲高い物言いが、今でも耳の底にこびり付いている。何を云っているのかおれにはさっぱり聴き取れなかったが、おふくろとの会話は成立していた。
 女を、おふくろは明らかに煙たがり、追い払いたがって、肩を怒らせた背中から殺気さえ発していた。故におれはサンカの女に対して同情気味に、柱にはんぶん身を隠して玄関でのなりゆきを見詰めていた。
 物心がつきかけていたおれは、また、こう気付きかけてもいた——自分の母親の容赦ない言動に愕然となる人間は、この世に自分一人ではない。
 替えの利かない存在である実の母親が、絵本やテレビや幼稚園の保母たちが語るステロタイプから程遠いというのは、幼児にとって容易には認めがたい現実だ。かといって、ふと呪いが解けて本当の「優しいお母さん」が姿を現す瞬間を待ち続けるのにも、おれはいいかげん()みつつあった。奇蹟はいつ訪れる? おふくろが生きているあいだという保証はあるのか。死んでしまった死体のおふくろが世間並みの優しさを取り戻したとて、本人はもうそれを発揮しようがないしおれも味わいようがない。むしろ今のおふくろに心を馴らしておいて、歓迎すべき変化は余禄として有り難く受け容れたほうが得策ではないのか? 期待するから、奪われたようで苦しくなる。諦めていれば、全ての出来事は贈りものだ。
 他者に対する容赦のなさは、その母親である祖母にも共通するところだった。仮におふくろの存在なかりせば、こちらも相当にけんどい人間と見られていたことだろう。
 相手を怒らせるような態度やその持ち主を、広島弁で「けんどい」と形容する。たんなる無礼ではなく、心ない鋭さ、無闇に批評的、頭と舌の使いどころを(わきま)えていない、といったニュアンスがある。もっとも祖母には、(のど)まで出掛かっていた文句をかぶりを振って呑み込むような慎重さも、あるていど備わっていた。おふくろはひたすら不用意だ。今も変わっていない。
 おふくろの険のある態度がサンカの女を過分に傷付けていやしまいかと幼心をやきもきさせる一方、彼女の真夏のような服装に違和感をおぼえてもいた。つまりそんな季節ではなかったことになる。色のくろい痩せた中年女だった。くたびれたブラウスから露出した細長い(くび)が、小枝を束ねたように筋張っていた。相手を早々に追い払う気でいたおふくろは玄関に灯りを点しておらず、薄暗い空間で女の大きな眼は落ち着きなく瞬いた。
「ほにや」「()かろうて」といったおふくろの心のこもらぬ相槌から、抱えている笊や箒の利点を説いているのだと推察された。しかし、いくら細工仕事に長けたサンカの手作りといっても笊は笊、箒は箒であって、入れた物が増えるでも(ごみ)が吸いつくでもない。おふくろが幾度となく「高い」と発したのを見るに、それなりに強気の値付けだったと思しい。それでいて民芸品としての上等な美を備えているでもなかった。
 その昔は、地主に伐らせてもらったり山に自生していたりの竹やら棕櫚(しゅろ)と、麻縄や木綿糸といった素朴な材料だけで(こしら)えていたのだろう。しかし女がおふくろに披露していたそれらは無用にカラフルで、品が無かった。装飾としてか補強としてか、各所にポリエチレンのいわゆるスズランテープが使われていたのである。サンカにまつわる本は見付けたかぎりを読んできたが、描かれている彼らは一様に滑稽なほど時代がかっていて、そういう、そこそこ時代に適応していた姿の描写にはお目に掛かったためしがない。
 勝算があってか意地になってか、かなりの時間、女はおふくろに食い下がっていたように思う。結局のところ何一つとして売ること叶わぬまま立ち去ったのだが、居間に戻ってきたおふくろは、昂奮醒めやらぬ風情で、
「なんなんかいね、ありゃ。好かんたらしいいうて……うちらが誰やら見抜いとるんじゃないか思うて、冷や冷やしたわ」
 祖母は(なだ)めて、「ただのセブリの女よ。教え込まれた売り口上を繰り返しよるだけの、解らんちんじゃ」
「お母さん、隠れよったくせに。あの抜け目なさげな眼、見てみんさいいうて」
「まあ必ず近くに仲間が居るけえ、用心するに越したこたあないわいね」それから、祖母は急にしみじみと、「まだああようなサンカが残っとるんじゃねえ。てっきり、とうにみな山から下りてきて、里の人混みに紛れてしもうたもんじゃと——」

 

 サンカとは、かつて日本の山間部をさすらっていた無国籍人のことだ。
 似たり寄ったりの民の姿は、かつて全国各地で見られたに違いないが、ことサンカと呼び習わされていた人々がいて、それは中国地方に多かった。広島県を中心に、としている文献は少なくない。従って雑賀(さいか)みらいの口にした「サンカとか」が、こちらの聞き間違いではなく、彼女が咄嗟、その話題としての繊細さに気付いて誤魔化したのだとしても、突拍子もない連想に起因するとは云えない。しかし稀有なことだ。現代日本に於いてサンカを記憶している者は僅かだろう、その実体はもとより、言葉さえ。
 サンカに厳密な定義はない。正規の表記もない。散家、山家、山稼、山窩……どれも宛字とされる。そもそもサンカは彼らの自称ではなく、あくまで里人(りじん)側からの呼び名だ。サンカにとって、サンカは、人でしかなかった。仙人のようなのもいただろうし、盗み、強姦、人殺しを厭わぬ悪党もいただろう。平等であった道理もない。里人より豊かなサンカも、野良犬なみに貧しいサンカもいただろう。
 彼らは未開人ではない。山で調達した動植物を食らいはしたが、里と一定の経済関係を結んでいた。商品は、みずから拵えた日用品、採取した薬草、干し魚、道具の修繕、祈祷や護符、憐れな身のうえ話……と多岐に亘った。
 広島出身の井伏鱒二は随想に、隣村に小さな家を構えて定住していたサンカの夫婦を描いている。彼らは菜園を持っていた。夏はふたりして井伏の村に遠征してきて、魚獲り名人の亭主は漁に励み、女房は川原で白焼きにしたそれを行商していたという。
 愛想の良いこの女房は、魚獲りの投げ網を破ってしまった井伏が修繕を頼む相手でもあった。お礼は米一合。編み足しの際は流石に一升を要求されたというが、「ずいぶん安い手間賃である」と振り返っている。
 里人社会の構成員であったとしか云いようがないこの夫妻もまたサンカなら、サンカをサンカたらしめていた要因は、ほぼ無国籍の一点に集約される。代々無国籍か、親に国籍はあったが子の出生を役場に届けてくれなかったか、だ。
 むろん四、五歳児だったおれが斯様(かよう)なサンカ考に及ぶべくもなく、ただ、さっきの(ひと)はサンカ、とおふくろと祖母の会話を丸呑みにして、そこに滲んでいた彼らへの愛着とも嫌悪ともつかぬ気配の正体も、悟ったのは後年、追い追いにである。
 いつ知らされたとも憶えていない。どうせ自然に悟ると思われていて、事実、そうなったのだろう。
 おれは勝手に悟ったのだろう——祖母が結婚するまではサンカだったことを、そしてそれが軽々に口外できる出自ではないことを。

 

 リオン二階のテーブル席に身を収めたほかの二組の客は、おれの風体にぎょっとなって顔を寄せ合い、奥の香西(かさい)は「(りょう)くん!」と叫んで大きな身体を座席から浮かせた。しかしその向かいのおふくろは、
「それはなんの血?」
 と、眉ひとつとして動かすことなく。
「誰の血?」とさえ問わなかった。(はな)から人間の血とは思っていない。
 むろんおれの表情を観察すれば、それが本人の血でも、他人を殺傷しての返り血でもないというのは察しがつこう。従って、赤インクや赤絵具でなければ魚か鳥獣の血というのは、妥当な推察と云える。
 ただしおふくろの場合、その種の見極めが常人離れして素早い。状況を一瞬にして悟っているどころか、予知したうえで自分の態度も決していたのではないかと思うほど、動じない。驚かない。
 おれは答えて、「犬」
「殺したん?」
「こ……殺したんか、了くん」
 神託を得たかのように復唱する香西を、おれはことさらぽかんと見返してやった。ややあって彼は察して、
「なんちゃって」と場都(ばつ)悪そうに、薄い頭髪を掻き上げた。
 おふくろとおれの応酬に未だ不慣れで、どういった部分をどの程度にだったら真に受けて良いものか、摑みきれずにいる。だいぶ学習してくれてはいるが、つうかあで通じ合う日は永久に訪れまい。
 なにせおれたちにしても、明確に虚実を区別して話しているわけではない。例えばおふくろがおれに、ゆうべ「お祖母さん」が——とっくの昔に死んでいるのだが——ああのこうの話しかけてきたと云えば、それは現実の話ではない。
 しかし事実なのだ。おふくろにとっての真実、と言い換えてもいい。客観的には確認できないが、かといって何人(なんぴと)にも否定しえない。
 おれが香西向けの調律(チューニング)で、
「逆ですよ。目の前で事故に()うた犬を、病院まで連れてったったんです。雑誌のインタビューが終わってホテルの外に出たら、バセットハウンドいう、耳が(なご)うて胴も長うて(あし)は短い、『刑事コロンボ』に出てくる——」
 と始めた説明を、遮っておふくろ、
「それ脱いだら?」
「外じゃ脱いどった。でもここに入ったら冷房が効いとったけえ、また着た。どうせ下のTシャツに染みとるし」
「のう了くん、コーネルに着替えを届けさせようか」
 と香西が煩わしいことを云い出した。犬殺しに及ばなかったことへのご褒美か。
「コーネルが貸衣装なんかしよるんですよ」
「もちろん()うたげるんよ。なにかヴァンの……同じボタンダウンでええか?」
「ええですよ。ヴァンでええいう意味じゃなしに、結構です」
「ありゃりゃ、よう見たらズボンにも付いとるよ」
「買うてもろうたズボンに、すみません。クリーニングに出しときます。シャツがどうにも気になられるなら、今日のところは、はあ失礼します」
「他人行儀な。了くん、わしら親子なんじゃけえ、そういう遠慮には及ばんいうて。だいいちこういう時にすっ飛んできてくれんようなら、わしゃいったいなんのために年に何十万もコーネルに落しよるんやら」
「年に何十万もコーネルでお買いものをしよってんですか」
 不意におふくろから揚げ足を取られ、薮蛇とばかり、
「いや独身の頃は、まあ年によっては——」
 と言い訳を始めた香西、やがて彼女が、
「お言葉に甘えとけば」
 とおれに囁くや、がぜん張り切り、
「電話してくる」と勢い込んで一階に下りていった。
 一挙に疲労が押し寄せたようで、おれは香西が空けた席へとへたり込んだ。「またアイヴィが増える」
「好きにさせたげんさい」
 と、おふくろはにこりともせず。かといって不機嫌な目付きでもない。いや香西には判らないかもしれないが、今宵はかなり機嫌が良い。案外とこの店がお気に召しているのかもしれない。
「なんぼなんでも流行(はや)らん」
「ちゃっかりズボンは穿いとるくせに」
「あとは皺くちゃじゃった。撮影もする云うけえ」
「その血まみれで撮られたんね。有名になって結構なことじゃ」
「そうような訳があるかいうの。犬を助けたとき、はあ撮影は終わっとった」
「上着もネクタイも無しで」
「吉行淳之介や開高健の時代じゃああるまいし」
「まあ」と、おふくろは改めておれの服装を品定めし、「あんたの友達のピエロの扮装よりゃ、だいぶましかね」
 大学の軽音の連中と木定楽器の辺りに(たむろ)しているのを目撃されたことがある。そこに混じっていた全身コム・デ・ギャルソンを余程のこと奇異に感じたらしく、未だこうして槍玉に挙げる。
「流行っとらんなら廃れもせん。流行りもんに手え出すんはおっちょこちょいよ」
「香西さんは、自分が痩せとったら着たいもんをおれに着せたがる」
他人(ひと)に物を買い与えるいうんはそういうことよね。悪趣味なもんを押し付けられよるわけじゃなし、上手いこと付き()うときんさい」
 おれは一時間近く遅刻してきたというのに、テーブルには飲みかけのビールとジュースが置かれているだけだった。
「食べとってもろうて()かったのに」
「オードヴルはわたしらのぶんだけ頂いたんよ。あんたのはスープと一緒に出てくるけえ追い着きんさい。犬は車に撥ねられたんね」
 おれは頷き、「犬を引っ張っとったロープが千切れて、百メーター道路の緑地帯から副道に飛び出してしもうたところを、スピード違反の車に当たられて、おれ目掛けて飛んできた」
「大袈裟に」
「いや、比喩じゃなしにほんまに飛んで、ぶち当たってきたんよ。死ぬとこじゃった」
「また大袈裟を」
「下手したら死んどったよ。バセットハウンドいうんは見た目に依らず、恐ろしゅう重い」
「血まみれのが飛んできたんね」
「いや、それが一見、外傷は()うて——」

 

 衝突は見ていない。その瞬間、おれと雑賀みらいはまだ廻転ドアの内にいた。
 犬はまずバンパーにぶつかり、ボンネットの上に掬い上げられてから、フロントガラスにバウンドしたものと想像される。これは獣医の所見でもある。そして仔象のダンボよろしく空中を游泳し、その着地点にたまたま進み出たのが、おれだった。
 激突の衝撃で、いま出てきたばかりの廻転ドアの中へと犬ごと叩き込まれたのである。ドアはおれたちにつっかえて停まり、二枚の平面と一枚の曲面、つごう三面の硝子に囲まれた狭い空間で、しばし恐慌状態のバセットハウンドとの格闘を余儀なくされた。犬は未だ虐待が続いていると誤認しているらしく、ぐるるぐるるぎゃわんぎゃわん、唸ったり喚いたりしながら、へたりこんでいるおれをさんざん足蹴にした。
 硝子の隔壁が迫ってきた。見ればみらいが隣室から押している。坐ったまま反対側に後退(あとずさ)る。脱出を予感した犬が()し掛かってきた。昂奮しすぎて、が、が、と咳き込んでいる。
 外壁が途切れ、犬、次いでおれと、ロビーにまろんで出た。
 仰向けに転がり、深呼吸していると、
(さかい)さん、血が」と廻転ドアから出てきたみらい。
「鼻血かな」と、さして意に介さなかった。全身隈無く鈍痛に見舞われていたが、出血を伴うような鋭い痛みは感じていない。
 ところが頭を起こしてわが身を見下ろせば、トキオクマガイのシャツが血でだんだらだ。顔を撫でまわしてみた。手には何も付いてこない。
 犬は遠ざかることなく絨毯に伏せていた。揃えた前足の上に顎を乗せ、舌を脇に垂らして、通常の四倍速くらいで息をしている。前足が赤い。
「おれじゃなくて犬だ。吐血した」
 廻転ドアから今度は小学五、六年ほどの細っこい少年が出てきて、コロンボ、コロンボ、と譫言(うわごと)のごとく。
 赤いロープを束ねて握っている。垂れ下がった先端に、金具は見当らない。犬の色といい飼い主の服装といい、本通(ほんどおり)で見掛けた一対に間違いなかった。
 犬の前に膝を突き、「良かった。生きとる」
 おれは起き上がり、「動かさんほうがええ。たぶん内臓がやられとる」
 少年は助言を無視し、犬を抱きかかえて立ち上がらせようとした。身を裂かれているような悲鳴がロビーに響きわたった。彼は怖じ気づいて身を離し、「コロンボ……?」
「骨も折れとるんじゃろう。この近所?」
 と問うと、蒼白となった顔をこちらに向けて、
「リードの先がほつれとるん、ぼく、気付いとったのに——」
「その話は後で。住んどるんは近所? この犬の行きつけの獣医さんは近い?」
加古(かこ)(まち)
「なんじゃ、近所の子か。ほいなら獣医は川縁(かわべり)の?」
「ドリトル動物病院です」
「ああ、場所は判る。いま家に誰か()ってかね」
「お母さんとお祖母さん」
「車は?」
「あるけど、お父さんしか運転できません」
「いまお父さんは?」
「土曜日は仕事」
「参ったの。どうやって担いでく? 体重は何キロ?」
「二十八キロ」
「いや、君のんじゃのうて」
「犬が。バセットハウンドは見た目よりだいぶ——」
 おれは歎息して、「踏まれて苦しい思うたわ。ちなみに君の体重は?」
「三十四キロ」
「変わらんじゃあないか」
 犬は虚ろにおれたちを見上げている。呼吸は変わらず速い。ホテルの人間が集まってきた。みらいが事情を尋ねられているのを見て、
「雑賀さん」と近くに呼びつけた。
「はい」と飛んできた彼女に、
「この子はあなたの弟。あれは実家の犬」と囁きかける。「獣医までホテルの車に運んでもらう。タクシーを呼んでもたぶん乗車拒否されるから」
「了解」
 ややあって近付いてきた場の責任者は、こちらの要望を医院名に至るまで把握していた。犬の体重も知っていた。おれはみらいの聡明さに舌を巻いた。
「いま担架と車を手配しております」
 一礼して離れていった男と、入れ替わりにおれの斜め前に立ったみらい、
「ちなみに逃げた車はシャコタンのサバンナGTで、色は白。ナンバーの末尾は69」
 ほとほと感心して、「凄いな、あなたは」
「女のくせに?」
「無差別級で。ぼくはビートルくらいしか判らんよ。いや、なんの知識が、というような話じゃなくて」
「界さん、わたしの中高生時代の綽名(あだな)、教えてあげましょうか」
「是非に」
 彼女はそれまでになかった艶然たる笑みと共に、「化け物。見たこと聞いたことを忘れないから」

 

「その怪我は?」
 と、おふくろは目敏く、おれの小指をくるんだセロテープに言及してきた。隠そうとしても見付かるに決まっているから、おれはその労を選ばなかったのである。
「さあ。コロンボと格闘しよったとき、どっかに引っ掛けたんじゃろ」と用意してあった素朴な嘘をついた。「助けたバセットハウンドの名前」
 ふうん、と彼女は鼻を鳴らして、それ以上は問わなかった。信じてはいまい。右手の小指だというのがいかにも(まず)い。ギターを弾くのに使わない指を選んだのがありありだ。
「『刑事コロンボ』に出てくるけえコロンボね」
「たぶん」
「犬と飼い主が混ぜこぜになっとりゃせんね」
「フランケンシュタイン現象じゃ。ありゃあモンスターじゃなしに、それをこさえた科学者の名前じゃけえ」

 

 ホテルは送迎用のコミューターを出してきたが、それにコロンボを運び込むまでが、とにかく難儀だった。抱えられたら激痛に見舞われると学習してしまったので、梃子(てこ)でもそうさせてくれない。人が覆い被さってくる気配に唸り、威嚇する。退かずにいると吠える。そして吐血する。
「ほかの犬に噛まれても怒らんくらいの犬なのに——」
 と、少年は愕然としている。こちらの名前は篤朗(とくろう)といった。トク、トックンなどと呼ばれているなら犬とあべこべだと思ったが、気付いていないかもしれないから云わずにおいた。コロンボ刑事の飼い犬の名は、(ドッグ)だ。
 われわれは()むなくコロンボの鼻先に担架を縦に敷き、宥め(すか)しながらその尻を押す作戦に出たが、むしろ前肢を突っ張って後退されてしまった。ホテルの連中は、反対側にも担架を敷いておけばどうか、などと相談している。
 数人がかりでふん捕まえれば、運ぶばかりは運べよう。しかし文字通り必死の抵抗を示して、暴れ死にしかねないと場の誰もが思っていたし、それはあながち間違いではなかったのである。折れた肋骨が二本、肺に刺さっていることが獣医院で判明した。
 見兼ねたおれは集団から離れ、鉢植えの陰で、キイホルダーにしているアーミーナイフの刃を出した。外科手術用のメスをイメージして研ぎ澄ましたそれで、右の小指の腹を裂く。もちろん痛い。慣れた痛みだ。
 集団の中に戻り、担架に膝を突き、説得を試みているような素振りで、手を犬の鼻先へと寄せた。犬は舐める。血を舐める。
 やがてコロンボが匍匐(ほふく)を始めてくれたのが、どういう意味合いでの血の効能であったか——少しでも苦痛が遠のいたのか、それとも余りの美味に首を伸ばし続けたのか——を知るすべはおれにはない。ドリトル動物病院も看板に偽り有りで、医師は「動物語」を習得してなどいなかったし、通訳を買って出てくれる鸚鵡(おうむ)のポリネシアも居なかった。
 代わり、みらいから連絡を受けた篤朗の母親が待ち構えていた。篤朗をトックンと呼んでいた。思っていたよりずっと若い、おれたちと同世代と云っても良いくらいの女で、みらいの母親でもあるとの設定に無理が生じたが、ホテルの者が齟齬に気付いたとしても無粋は云うまいし、云われたところでみらいなら巧みに言い繕うだろう。
「セロテープ、ある?」と受付の女に問う。
 仮初(かりそ)めにも医療関係者、おれが右手の指を束ねて傷を押さえているのに気付き、「サビオ、ありますよ」
「いや、セロテープでええ」
 でんっと台ごと目の前に置かれたので、十センチほど頂戴して傷の上をくるんだ。鋭い刃物による皮膚裂傷は、元通りに閉じておけば癒合する。ガーゼ付き絆創膏では傷が開いてしまって、却って治りが遅い。
 篤朗とその母親が診察室から出てきた。これから緊急手術だと云う。おれとみらいは外の空気を吸いに出た。待機していると思っていたコミューターは、医院の前から姿を消していた。
「置いてけぼり。そっか、家族だと思ってるから」
「ぼくらも、もう()いでしょう。いったん着替えに戻ります、すぐ近所だから。待っといてくださったらホテルまで送ります。たいした距離じゃない」
 みらいは医院の玄関を振り返り、「轢逃(ひきに)げした車の特徴はお伝えしたから、もう用事はありませんが」
 おれはすこし迷い、宣告を決意した。どうもこの女とはこれきりで終わりそうにない。すると避けていられる話題ではない。「雑賀さん、残念ながら警察は動いてくれないでしょう。子供の頃、同じような目に遭った経験がある。そのとき警察官に諭された。運転者を特定できたとしても器物損壊にしか問えない。しかも犬のほうにも飛び出した過失がある」
「器物!?」
 車道を渡り、元安川沿いの遊歩道を進んだ。そして間もなく、みらいに川面を見せてやろうというこの自分の配慮に、みずから感謝した。二、三十メートル先の車道を隔てた処に、煙草を()っているスカジャン姿を見出したのだ。一輝(いっき)だ。
「どうしたんですか」
 おれが街路樹の傍で立ち止まり、シャツを脱ぎだしたのを、みらいは不思議がった。一輝を視界の端に捉えたまま、
「通行人を驚かせんように」
「あ、そうですね。見慣れちゃってました」
 彼女と睦まじげに歩いているのを見られ余計な誤解を招くのも面倒だったが、それより何より一輝に見せたくなかったのが、血染めのシャツだ。
 おれに気付いてこっちに渡ってこられたらどうしたものかと困っていたところ、車道を滑ってくる一台のタクシーを見出した。空車だ。反対方向だったが、
「やっぱりこのまま行きます。もうだいぶ遅刻しとる。乗りましょう」と緑地を踏み越えてそれを停めた。

 

 斯くして、殺人でも犯したてのような風体での、リオン来店と相成った次第。
 香西がご満悦の(てい)で上がってきて席に戻り、おれが注文した飲みものが来て、ようやっと食事が始まったかと思うや、もう両手に大きな紙袋を提げたコーネルの店員が入ってきた。余程のこと急かされたらしい。
 香西から袖を通してみろと云われては羽織り、或いはトイレへ行って穿き替える。どっちが()いかと問われても、興味のない服と興味のない服では較べるべくもない。そのうえ開始が遅れたぶん、料理は矢継ぎ早に運ばれてくる。
 何を食っているんだか着せられようとしているんだかよく分からぬまま、気が付けば香西とおふくろを乗せたタクシーは遠ざかりつつあり、おれはズボンの裾を仮留めした七五三のような風体で、夜の街に取り残されていた。
 雑沓(ざっとう)は騒々しくも白々しく、得体の知れない胸騒ぎが去来した。おれは何時(いつ)までこんな街で(くすぶ)っているのだろう。
 店のウィンドウに映った自分を一瞥、この姿をみらいに披露して一緒に笑いこけたなら気も晴れようと思い付いたが、我慢してまっすぐ加古町のワンルームに帰った。案の定、一輝が居て、おれのパソコンを勝手に立ち上げ、ウィザードリィに興じていた。
「お帰り」と振り返って目をまるくし、「なにその格好」
 おれはブレザーを脱ぎ捨てながら、「雑誌の取材じゃった」
「その就職活動みとうな格好で?」
「いや……話せば(なご)うなる」
「取材が入るいうことは本が売れとるんじゃね」
「ブームは終わったよ」
「ほんまに?」
 顎を引いての上目遣い。この表情。胸中に暗雲が垂れ込めていく。
「なんの用があって来た?」
「何時でも来て、勝手にしとって()え云うた」
「ほいなら好きにしといて好きなとき帰れ。金なら貸さんで。貸してほしけりゃあ、これまでのを返せ」
「そう云う思うた」
「当たり前じゃ」
 一輝は再びディスプレイに向かった。肩甲骨と背骨がTシャツを複雑に押し上げている。
「好きにして可えが仕事道具は別とも云うた筈じゃ」
 背中を向けたまま、「ウィザードリィしか触っとらんよ」
「おまえがそこに居坐っとって、おれはどうやって原稿を書くんや」
 聞こえよがしな溜息のあと、一輝は腰を上げ、椅子の背に掛けてあったスカジャンを摑んだ。「帰るわ。了くん、変わったよね」
「流石に愛想が尽きただけじゃ」
 目を合わせることなくおれの横を擦り抜けていく。紐を緩く掛けたスニーカーに足を入れ、爪先で床を蹴る。
「飯は食うとんかいの」
 答えず、ドアを開ける。もう来ないかもしれないと思うと胸が痛んだが、ここで甘い顔を見せたら本人の為にならない。
「なんぼ要るんじゃったんや」なかば別れの挨拶の心算(つもり)で訊いた。それが運の尽きだった。
「三千万」
 約十五秒後、「はあ?」

(つづく)

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著者 津原泰水(つはら・やすみ)プロフィール

津原泰水(つはら・やすみ)
1964年広島市生まれ。学生時代から津原やすみ名義で少女小説を手がけ幅広い支持を得る。97年、現名義で長編『妖都』刊行。2012年、『11』が第2回Twitter文学賞国内部門1位。2014年、近藤ようこによって漫画化された『五色の舟』が第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞。著書に『綺譚集』『ブラバン』『バレエ・メカニック』等がある。