06 牡蠣

 お互いに好意を持っていることは分かってたのになかなかそういう関係にならなかった男の人と初めてセックスした時の羞恥とカタルシスが入り混じった皮膚のひりつくような緊張、膀胱炎で血尿が出る時の尿道からオナモミを排出するような痛み、リストカットをする時のカミソリが手首ににゅっと吸い込まれる感触、ニードルが肉や軟骨を貫通する時の脳がチカチカするトランス感覚、新生児を抱えてリズミカルに揺する時手にかかる柔らかさと重み、あああの時と思い出せばまざまざと蘇る皮膚感覚だ。
 ずっと来たいと思っていたスペイン料理屋に仕事の打ち合わせで訪れ、クラッシュアイスの上に並べられた海鮮盛り合わせを目の前にした私は、いつでも思い出せる感覚の一つである牡蠣をこじ開ける感触が腕に蘇ったことに気づく。サーディンのマリネ、ボイルエビにボイルつぶ貝、ウニの殻に盛られた生ウニ、ぷっくりと身の厚い生牡蠣はその中でも抜群の主役感を醸し出している。
「これぞ日本の牡蠣って感じですね」
「そう言えば、前にフランスの牡蠣と日本の牡蠣の違いについて熱く語ってましたね」
 笠原さんにそう言われて、そうか笠原さんにも既にこの話をしていたかと、誰彼構わず牡蠣について語りすぎている自分に気づかされ、もう何度目だろうと思いながら毎回笑顔で相槌を打ってきた数々の温く憂鬱な場面が脳裏に蘇り、自分も誰かに同じ思いをさせているのだとしたら、迷惑なポップアップ広告のように相手の意思によってバツ印をタップされ自分が消失させられるシステムが開発されればいいのにと未来頼みの自己嫌悪で一杯になる。

 

 パリで牡蠣が出回る時期、ユミと二人でしょっちゅう牡蠣会をしていた。一人一ダースずつ用意した牡蠣を各々黙々と開けるところから牡蠣会は始まる。丸みのある下殻を、ふきんを挟んで左手に持ち、右手に持った牡蠣ナイフを上と下の殻の間に二、三時の方向から突き刺す。最初は固く、本当にこんなものが開くのだろうかという気になるが、殻の端をぐりぐりとナイフで削り、ねじ込んだナイフの先端で上側の貝柱を切った瞬間、ふっと上の殻が軽くなる。中からじわっと溢れ出した海水がふきんを濡らし、牡蠣と上殻の間にナイフを滑らせるとほろっと上殻が外れる。この時殻の中に溜まっている海水は一度全て捨てる。置いておくと再び海水が溜まっていくのだが、この牡蠣が吐き出した海水には、牡蠣の甘みが染み出していて最初の海水より美味しいのだ。舌上に蘇る牡蠣の甘みに胸を膨らませながら牡蠣ナイフをねじ込み、次から次へと牡蠣を開けていく喜びが、生々しく全身に蘇る。
 片方の貝柱を切られていない牡蠣はまだ生きていて、レモンをかけるとキュッと身が縮む。フランスのレストランでは生牡蠣は必ず生きたまま提供される。レモンをかけて動かない生牡蠣は死んでいるから食べてはいけないとすら言われている。日本ではオイスターバーであろうが出される生牡蠣は上下とも貝柱を切られているし、それどころか塩水で洗われていたりするし、提供される時殻の中に海水も残っていないと説明すると、アンナは応援しているチームが負けた時のサッカーサポーターのような表情を浮かべていた。

 

「最近、フランスから帰国したあと特に、美味しいものを食べる幸福を噛み締めてるんです。これって歳のせいなんですかね? 昔は𠮷野家でも高級フレンチでも、体験としての満足度は違っても、ご飯としての満足度なんてそんな変わらなかった気がするんですけど」
「それは歳のせいですね」
 断言した私の二つ年上の吉岡さんに、へえ、と二十代の笠原さんが意外そうに言う。
「実は僕も、昔はおじさんおばさんの上司たち見てて何でそんな美味しいものにこだわるんだろうって不思議だったんです。で、あれはきっと満たされてない性欲が食欲に転化してるんだろうって思い込んでたんです」
 笠原さんは最低! と声を上げて笑った。
「でもね、僕もここ五年くらいですね、食事に深い満足を感じるようになったんです。で、それはやっぱり性欲とは別物なんですよ」
「分かります。それまでとは満足の深度が違うんですよ。胃の満足じゃなくて、舌と脳の満足って感じなんです。私この間開高さんの食エッセイ買っちゃって。もう美味しい料理とか酒の話読んでるだけで幸せなんですよ」
 話はそこからNetflixで配信されているグルメ番組の何々が面白いという話になり、「そういえば知り合いの編集者が『孤独のグルメ』見る時もう仕事のシーン飛ばして食べ始めるところから見てるって話してました」、と言うと、二人は「分かるー」と声を揃えた。
 生牡蠣では飽き足らず注文した牡蠣のアヒージョをつつきながら、ふと数年前ユミの旦那と話した時のことを思い出した。あれは確か、牡蠣会の日ワインを飲みすぎ完全に潰れて眠ってしまったユミを置いて帰れず、深夜帰宅した旦那に家まで送ってもらった時だった。
 当時すでにお互いに夫婦関係を良好に保とうという意思が潰えていた彼らは、私から見れば何で離婚しないんだろうとしか思えない状況で、でももうそう思い始めてから二年くらいが経過していた。お互いに愛情はない、思いやりもない、相手の置かれた状況に想像力を働かせることもない、二人ともそんな相手と和解や相互理解のために話し合う労力さえ惜しいと思っているようで、離婚するにしたってしないにしたって話し合わなきゃ何も解決しないじゃんという、鶏がいなきゃ卵は産まれないし、海がなきゃ浜辺も存在しないし、生きなきゃ死ねないよねくらい当たり前なものとして発せられた私の意見は一ミリも意味をなさなかった。
「別に俺は離婚してもいいんだけどね」
 よくこんな状態で関係維持できるよねと私がしみじみ言った後、彼は躊躇なくそう答えた。
「まあ、向こうもしてもいいと思ってるんじゃないの?」
「でもそうなった時、やっぱ一番に浮かぶのは子供のことだよね?」
 当然のように言う彼に、私は一瞬言葉を失い、そういえばユミも離婚の話になると必ず子供が、と言うのを思い出す。
「例えば犬を一緒に飼い始めたカップルがさ、もうお互い愛はないけどこの犬が可哀想だから別れないでいようって話し合ってたらなんか違和感ない?」
「犬と子供はちがくない?」
「こういう時血の繋がり的なことは抜きにして考えた方がいいと思うよ。実子も養子も犬にとっても家族の喪失は辛いだろうけど、誰かの監督下にあるんだから責任者の人生の決定に従うのは仕方ないことじゃない?」
 ここで私と彼が話したところで有益な話にはならないだろうと思いながら、動かない折り紙のボートに苛立って下敷きで扇ぎたいような気分だった。
「でもあいつ働いてないし、子供養っていけないし」
「ユミはあんたが働くの嫌がったから専業主婦になったっていつも言ってるけどね」
「そんなこと言ってないよ。子供たちとの時間取りたいって向こうが主張してたんだよ。俺はむしろ働いて欲しいって思ってる」
「離婚に関しても、私はしてもいいけど向こうは承諾しないって言ってるよ」
「俺だって別れてもいいと思ってるよ。でももう話し合える雰囲気じゃないし」
 二人とも、自分は別れてもいいと思ってる、としか言わないところが彼らが生活を共にし続ける理由なのだろう。子供、稼ぎ、相手の親、跡取り、理由を挙げればきりがないし、あの時ああ言ったそっちはこう言ったと過去の言葉に罪をなすりつけても生産的な話し合いにはならない。お互いに自分がどうしたいか伝え合って、二人の理想に近い未来像を打ち立て、その実現のためにお互い尽力することができれば継続であれ離婚であれある程度二人の納得のいく結論が出せるはずだ。
 でも、と私はかつてユミに絶望した時のことを思い出す。
「人と人は話し合えばそれなりに理解できるし、理解できなくてもお互いの主張を尊重して共存していくことは可能だよ。そもそも自分の言葉が誰かに伝わるって信じられなければ私は発言することも小説を書くこともできない。伝わるっていうのは全ての表現の第一前提だよ」
 いつか複数人での飲み会で人と人との分かり合えなさについての話になってそう主張した時、ユミは「あんたええ子やな。真面目やな」と嘲笑したのだ。私はこんなにも愚かな人間と共存していかなければならないのかと、自分がどれほどの茨の道を歩いているか思い知り、その夜憤怒を担いで帰宅するとその憤怒を床に叩きつけ踏みつけ蹴り上げるようにして彼女の言動をあげつらい存在を根底から否定する怒りの文章を書き起こしたが、その私の文章は愚かで下世話な人間を論理的にぶちのめしたいという激しい欲望に突き動かされた共存とは程遠い文章で、ミイラ取りがミイラとはこのことかとさらに思い知り、この怒りはこの怒りが鎮まった頃彼女とそれに対立する者のどちらかをバカげたものとして描くのではなく読む人が双方の正当性を感じられる形で小説として完成させることで初めて意味を持つ怒りになるであろうと自分に言い聞かせて次の日になっても収まらない怒りを何とかかんとか抑えつけた。
 離婚に関してもユミはそうなのかもしれない。真面目な話をしようとすれば、「あんた真面目やな」と話し合いを拒絶するのかもしれない。それにこの旦那に対しても何を言っても暖簾に腕押し的な気分になることを考えると、彼らは似た者夫婦で、話し合っても意味ないし話し合う力が惜しい、という諦念の上にできあがった巨大な断絶のもとに、実際には外野が思うよりも幸福に成り立っているのかもしれない。だとしたら、私の言葉が届かないのも通じないのも当然だ。
 こんな下品な小説! という罵倒や、死ね! という清々しい全否定の読者アンケートを読んでも心が動かなかった私にあんな無力感を抱かせたのは、その時のユミと、十五年前の母親だけだ。私のデビュー作を読んだと電話してきた母親は開口一番「セックスシーンは減らせないの?」と言ったのだ。その後に何か続けるつもりだったのかもしれないが、私が電話を切ったためそれは今も分からない。ユミにも母親にも、きっとその時守りたいものがあって、そういう道筋に於いて私はただひたすら邪悪なものでしかなかったのだろう。

 

 生ハム盛り合わせに海鮮ポテトサラダ、蟹のグラタン、ワインのチェイサーにビール、という快楽の極みのような食事の後二人と別れると、もうべろべろに酔っ払っているのに帰り道通りすがったバーに足が向いた。もうこれで満足なんだけどもう一杯飲みたいという気持ちを、分かる人と全く理解できないという人がいて、その二つの区別はとても汎用性のある区別なのではないかと最近よく考えているが考えるのが大抵酔っ払っている時だから何にも汎用できていない。いつもいるバーテンダーがいなかったため、ちょっといつもとは違うものを頼んでみようと、何か飲みやすいハイボールくださいと注文して、じゃあこれはどうですかとウィスキーを紹介されて出てきた時にはもう何のハイボールだか忘れてしまっているハイボールを飲むと美味しくて、結局もう一杯お代わりをする。途中で入店した二人組の男が一つ席を空けて並んで座り、とにかくずっとキャバクラとデリヘルの話をしていて、いつものおしゃべりなバーテンダーがいないためやけに彼らの話が鮮明に聞こえてくる。二時間飲んだら十万取られるようなキャバ嬢とタダで飲んだという話や、デリヘル嬢と本番をしたという話、それってヤバくないの? まあそこは交渉次第っていうか腕次第でしょうといった話で、昔知り合いだったデリヘル嬢がいかに本強してくる客を恐れているか聞いていた私は彼らの死滅を望む。
「俺は言ってみればナチスやで」あのユミと対立した飲み会の時、ユミの味方をした友達が吐いた言葉が蘇った。このパワーワードは何かにつけて脳裏に蘇る。「あんたは純粋やねんな」そこに追随したユミの言葉も蘇る。彼らには私が偽善者にしか見えなかったのだろう。確かに私は席を一つ空けて居合わせた男性たちの死滅を願っている。幼い頃から私はこの世に生きる九割以上の人間の存在を許せなかった。でもその九割と路上ですれ違い電車に乗り合わせ出会ったり出会わなかったりしながら、この地球上で許せない九割と共存してこれた。それはきっと、私が書きながら生きてきたからだ。
 偽善でも何でも、書かなければ生きられない、そして伝わると信じていなければ書けない、私は生きるために伝わると信じて書くしかない。どうやったって、この人生の中で信じることと書くことから逃げることはできない。何だか奇妙なパラドックスだなと酔っ払った頭で思って、お会計お願いしますと手を挙げた。
 信じることと書くことから解放された人生とは、どんなものなのだろう。それは憂鬱と倦怠の中で緩やかに続いていく愛憎や執着から切り離された夫婦関係のように、私が思う程の地獄ではないのかもしれない。帰り道そんなことを考えていた。

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著者 金原ひとみプロフィール

1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『クラウドガール』等がある。現在『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」を連載中。