01 カモネギ

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 ぎりぎりの時間だったけれど受付さえしてしまえば何とかなるだろうとタカをくくっていたが、手渡されたのは所員が苦笑するほど大量の書類だった。信じられない量の書類に、住所電話番号名前生年月日といったほぼ同じ内容を心を無にして延々記入していく。
「すみません、手続き上の問題で、先に日本に転入されてた奥様を世帯主とさせていただいても良いでしょうか?」
 途中掛けられた所員の言葉に困惑して、何かそのことでデメリットがあるんですか? と聞くと、「いえ、特にはございません」と言われ、「なら問題ありませんけど?」と疑問を込めて答えると彼はほっとしたような表情で「ではそのようにお手続きさせていただきます」とにこやかに言った。そもそも世帯主がどちらであるかということが問題になる場面があるのだろうか。気になったけど、何だか相手を嫌な気にさせそうで聞かなかった。手続きの途中で出張所のシャッターは閉まり、辛気臭い出張所内により重苦しい空気が漂う。ようやく転入や年金や健康保険や児童手当や医療証やらカードの発行やら全ての手続きを終えて非常出口から出ると、私は入り口にあった自動交付機で住民票を発行した。このカードを作れば交付機で発行できますし料金がお安くなりますと言われて申し込んだカードだったが、どこで発行できるんですかと聞くと「区役所や出張所です」という渋い答えが、住民票以外に発行できる書類はあるんですかと聞くと「印鑑登録証明書です」というやはり渋い答えが返ってきた。
 初めての自動交付機で住民票をプリントすると、私が世帯主になると聞かされていたのに、世帯主のところに夫の名前が記載されていた。彼が何か勘違いしていたのか、私が何か勘違いしていたのか、あるいは実際に一度私が世帯主になったが、その後夫の転入手続きとともに世帯主を入れ替えたのだろうか。確認した方がいいだろうかと振り返ったが、固く閉じたシャッターをこじ開けさせ何故私が世帯主じゃないんだと詰め寄るクレーマーにはなりたくなくて、住民票を乱暴にバッグに押し込むと自動ドアをくぐって出張所を出た。

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著者 金原ひとみプロフィール

1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『クラウドガール』等がある。現在『すばる』にて「アタラクシア」、『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」を連載中。