01 カモネギ

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 子供が騒ぐのなら注意して黙らせるべきという私の考えは、自分が親の言ったことをある程度守る性質を持ち合わせた子供を持っているから生じているものなのだろうか。彼らからしてみれば、いくら言っても聞かないのだから仕方ないという認識なのだろうか。でも一、二歳の子供ならまだしも、言葉の通じる年齢の子が公共の場で長時間泣き止まない状況はフランスでは見た記憶がなかった。無表情でじっと見つめていた私と目が合った男の子は、姉と祖母の間に座りぐずぐずとごねながらも叫び声をあげることを止めた。
 フランスの子供は、退屈に慣れているのかもしれない。親と子は寝室が別だし、ヌーヌー(ベビーシッター)に連れられ公園に行ってもヌーヌーはヌーヌー仲間とくっちゃべっていたりするし、家族で食事に来ても親はすっかり会話に夢中で、ため息でもつきそうな顔で退屈そうにしている子供をレストランではよく見かけた。大人は自分を楽しませる道具ではない。大人の仕事や楽しみを邪魔してはいけない。彼らは子供の頃からそう認識させられているのかもしれない。日本の子供がこういうシチュエーションで「自分が退屈であること」を大問題にするのは、常に大人を自分たちの不快さを取り払うべき存在だと信じているからなのかもしれない。
 でもだとしたら、この母親と祖母のほったらかし具合は何なのだろう。私は改めて男の子を見たが、彼は祖母の膝の上でもう泣き止んでいた。もしも我が子があんなぐずりかたをしたら、私は呆れ果て悲しみに暮れ、顔も見たくないという嫌悪を隠さず少なくとも数日は口をききたくないと思うだろう。それくらいのぐずり方だったにも拘わらず、もう平然と、祖母も姉も、手続きを終えたらしき母親も彼と普通に接していた。その光景はただひたすら怖かった。私には彼らの関係性が恐ろしかった。
 108番の番号札をお持ちの方、アナウンスに顔を上げて書類を受け取ると、私は再び電車に乗って新居近くの駅に戻った。七割方取れていたマツエクを全オフして付け直し、一ヶ月と十日ほったらかしにしていたネイルを新しくするため訪れた同時施術可能な新居近くの新規の店はそれなりに感じが良かったが、CカールからJカールに変更したマツエクは物足りなく、ネイルもあまりに分厚すぎる気がした。マツエクもネイルサロンも次からは前の店に戻そうと思いながら店を出て、次は転入届けのため出張所に向かった。

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著者 金原ひとみプロフィール

1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『クラウドガール』等がある。現在『すばる』にて「アタラクシア」、『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」を連載中。