07 修行

 なんか悲しいんだよなあ。長女と次女と私の三人で歩いていると、唐突に長女が言った。さっきまで二人でふざけてゲラゲラ笑っていたのに、どことなく憂鬱そうな表情を浮かべている。
「私もちょっと悲しいんだよ」
 私がそう言うと、「ほんとに?」と長女が驚きの表情を浮かべ、「わかる」と次女が同調した。
「なんか世界の終わりとか考えちゃうよね。私世界の終わりのことを考えるといつも頭が痛くなるんだ」
 七歳の次女の意外な言葉に、私の悲しみはそういう悲しみじゃない、と思いつつ口を挟まずにいると、二人は世界の終わりがどういう形で訪れるかという話を始めた。月が爆発して地球にぶつかるとか、世界中の草木が枯れて酸素がなくなって人間が滅亡するとか、そんなハリウッド的な世界滅亡の話をしていたけれど、その話はすぐに前を歩いていた女の子が犬のぬいぐるみを散歩させている姿を見つけた彼らが何あれ可愛い! とはしゃいでかき消された。女の子が紐で引っ張っているぬいぐるみは倒れることなく鈴を鳴らしながらトコトコと歩いている。どういう構造なんだろうと思いながら観察していると、道の段差のところで車に撥ねられたように跳ね上がり、無事着地するとまた普通に歩き始めた。その様子に大笑いしてママあれ欲しいとねだる次女を窘める。来週に誕生日を控えた彼女は未だに誕生日プレゼントを何にするのか決めておらず、これ以上候補を増やしてもらいたくなかった。
 日本の子供はスレてる。一時帰国のたびに日本の小学校に通わせていた友人らからそう聞いて覚悟していたが、実際に帰国してみるとそうでもなかった。
 帰国して間もない頃、十一歳の長女が友達の家に行く時ぬいぐるみを持っていくというから、そんなものを日本の子の家に持って行ったら子供っぽいとバカにされるんじゃないかと懸念を示したら、皆で一つずつぬいぐるみを持って集まっておままごとをする約束なのだと長女に反論された。帰宅した長女に本当におままごとをしたのかと聞くと、おままごともしたしシルバニアファミリーでも遊んだと言う。へえ、と言ったきり私は閉口した。
 時代や土地の違いによるものが大きいのだろうが、私が彼女の年の頃にはすでに筋金入りの不登校だったし、ぬいぐるみなんて一つも持っていなかったし、友達と化粧品を万引きしたり、立ち入り禁止のマンションの屋上とか非常階段とかでこの世界に絶望して飛び降りようか悩んだり、小説を読んで現実逃避したりしていた。

 

「パパ、叩かれてるのかなあ」
 スーパーで買い物をしている途中、ふと思い出したように次女が言う。思わず笑って叩かれてるかもねと答えると、次女は自分が叩かれているような苦痛そうな表情を浮かべる。夫は昨日から修行道場に三日間の修行をしに行っているのだ。フランスにいた頃、向こうで一銭も稼いでいなかったくせに日本への帰国を嫌がっていた夫が唯一日本に帰ったらやりたいこととして挙げていたのがこの修行道場に行くことだった。
 もともと日本で空手をやっていた彼は、フランスの大学で哲学を学ぶ傍ら合気道の道場に通い始め、大学がない時などは週六で通い詰めるほどで、合気道にのめり込めばのめり込むほど修行や座禅といったものに惹かれていき、修行道場の存在を知ってからはことあるごとにそこの話をしていた。帰国から半年が経ち、彼はとうとうその機会を得たのだ。
 修行中は警策で叩かれると聞かされていた娘たちは、なぜそんな所に自ら行きたいと思うのか? とずっと怪訝そうだった。しかし毎朝シャワー後に絶叫しながら冷水を浴びる習慣のある父親のことだから、彼には何がしかの自分たちには理解できない衝動があることを子供たちも分かっていたのだろう、止めることはなかった。
「俺は別人のようになって帰ってくるだろうね」
 彼は修行に出発する前そう言って、それを聞いた私は思わず吹き出して「もし修行中に死んだとしても彼は自分の意思で死んだって思えるよ」と答えた。修行中はスマホ類は没収され、敷地内どころか道場から出ることもできず、外部との連絡は完全に断たれる。身内の死など緊急の場合は道場に連絡してくれと彼が言うので、たかが三泊でと私は呆れた。

 

 クラスの誰々が誰々のこと好きなんだって、この間TikTokでこんな動画があったんだよ、TWICEのダンスの振り付けにこんなのがあってね、ニキが言ってたんだけど先週イランのヌーベラン(新年)だったんだって、みんなカオナシのこと怖いって言うんだけど私は可愛いと思うんだよ。
 旦那がいると私と旦那が話の主導権を握るため子供たちはあまり口を挟まないのだが、旦那がいないと途端に食卓はこんな脈絡のない話に支配される。
「カオナシみたいな男がいたら私は絶対好きになるね」
 カオナシが可愛いと言う次女に共感してそう言うと、「私はいや。だって気持ち悪いじゃん」と長女が言う。次女は私と同様こたつから出られない系なのだが、長女はあまりこたつに入らないどころか家に留まらず外にガンガン出て友達と遊びまくる系で、同じ親を持つ子供であっても性格や好みは生まれ持ったものなのだなと最近頓に痛感する。次女はテラスハウスが好きでよく見ているのだが、男性の新メンバーが入ってきた時の反応を見ていて私と男の趣味が同じだと気づいて以来、未来への不安が高まっている。一般的には、カオナシキモい! と言ってのける女の方が堅実な男と結婚しそうだ。
 認識のグラデーション、とか、氣について、とか、ポストヒューマニズムについて、とかの話をし、掃除の大切さを説いたり何か心身の不調を漏らせば水を浴びろと勧めたりする、この家に於ける唯一の雑音的存在である男性がいなくなった家では箍が外れたように、次女がTWICEの動画をテレビのYouTubeで流し、長女がYouTubeをチラ見しながらスマホでゲームをやり、私はパソコンで孤独のグルメを流しながらクラッシュ・ロワイヤルの対戦とPokémon GOを繰り返すという知性の欠片もない夕食後のひと時が流れた。普段、週六で塾に通い夜遅くに帰宅している長女を慮って、春休みはどれだけだらけても文句は言わないようにしようと心に決めていた。掃除洗濯食器洗いゴミ捨てを担う旦那がいなくなったら家は荒れるだろうし寂しいだろうと思っていた予想も割と裏切られ、家事は子供を使いながら何とかこなせるし、おかずの量も少なくていいし、旦那が甘やかさない分私がどやせば子供達も宿題をするし、いつもより仕事の時間を長く取れ、なかなかに充実していた。
「今日の説明会、新卒の人がスピーチしてたんやけどどう考えてもブラックなのに本人ニコニコしながら話してて怖かったわ」
 就活中の友達からのスナチャに、「洗脳は研修じゃなくて就活の時から始まってるんだね」と返信する。企業説明会の嵐だと聞いていたのもあっていよいよ心配になる。君ほど優秀ならどこでも入れるとか、一度就職したっていくらでも転職できるしとか、こんな嫌な思いするのは今だけだよなどと付け加えようかどうか迷って、いや彼はそんなこと分かってるに違いないとスナチャを閉じかけて、元気が出るかもしれないと思って「昨日から三泊で旦那が修行道場に行ってるんだ」と入れる。しばらくすると「旦那さんどこを目指してるんや笑」と返ってきた。少しほっとしてクラッシュ・ロワイヤルをまた開く。
 ウルトラレアカードを三枚ぶち込んだ最強デッキを作成した私は、とうとうアリーナ10に到達し、長女と長女のフランスの友達たちで構成された十七人参加しているグループの中でぶっちぎりの一位に躍り出ていた。旦那は二位だ。しかしちらちらとランキングを見ていて分かったのは、このグループの中で定期的に対戦しているのは私と旦那とDadという名前のうちと同様メンバーの子供に勧められ始めたのであろう父親らしき人だけのようであるという事実だった。呑気な小学生だった頃と違い、中学に上がった彼らは勉強に追われているに違いない。フランスでは中学に上がってから大学を出るまで過酷な勉強を強いられるのだ。うちの長女も帰国してからは旦那より早く家を出て、学校が終わったあと一瞬家に帰ってお弁当を持って塾に行き、旦那よりもずっと遅く帰宅している。大人って意外と暇なんだな、たまにクラッシュ・ロワイヤルを開いてトロフィーを増やし続けている親を見て子供たちはそう思っているかもしれない。

 

 旦那不在の三日間で意外なほど書き溜まった原稿にほくほくした気持ちではいたが、帰宅日になるとわくわくしているのも事実で、いつも何を食べているのか分かっていないであろうブルドーザーのような食べ方をする旦那のため、昨日の三倍くらいのおかずを作って彼を待った。
「パパの声かわいい!」
 次女が旦那の掠れ切った声を聞いて嬉しそうに言う。どうやら次女は男性の情けないところや弱いところを「かわいい」と認識する思考回路があるようで、まるで自分を見ているような気持ちになる。
「どうだった?」
「もうぼろぼろだよ」
 痣になってるんじゃないかな、と作務衣を脱いだ彼の背中には肩甲骨のあたり一面に赤い痣が広がっていて思わず顔を顰める。TWICEのカワイイ世界からグロテスクな痣を突きつけられた子供達も完全に引いていた。当初の意気込みに反して疲弊しきった旦那が愉快で、夕飯後寝室で横になった旦那の横に寝そべり、睡眠時間は? ご飯は? どんな人が来てた? と矢継ぎ早に質問する。
 時計も携帯もないから何時に就寝かは分からなかったけど、多分九時くらいから朝四時くらいまでは睡眠時間で、ご飯は麦飯とおかず少しと白湯。麦飯はおかわり自由。修行内容は正座したまま目を閉じて大声で祝詞を唱え続けること。中年から年配が三人と、部活の先輩に勧められて来たっていう大学生の男女がいたと彼は話した。
「祝詞唱えるだけなの? それってきついの?」
「腹から声出さないといけないんだよ。声が小さかったりふらついたりすると背中叩かれてドヤされる」
「ドヤされるってどんな風に?」
「叩かれて、胸ぐら掴まれて揺さぶられてちゃんとやれコラァ! みたいな」
 まじ? と呟いたきりドン引きのあまり言葉を失う。
「眼を瞑っているから良く分からないんだけど、一人につき五人くらいが取り囲むんだよ」
「五人も?」
「ワンセットやると三十分くらい休憩してまた次の修行に入るんだけど、俺は割と元気だったから最初は休憩中素振りとかしてたんだけど、若い子達は体育座りで膝に顔埋めて無言って感じでさ」
「そりゃそうでしょ。今の若い子ってそんな暴力的なものに触れてないだろうし。スマホ没収されるってだけでもかなり暴力的なのにさ」
「俺夜中に隠れてスマホ見る夢見たよ」
「その大学生たち、よく最後まで耐えたね」
「彼ら休憩時間もぐったりしてて何も話さなかったんだけど、最終日に少し話すようになってたよ」
 私はほっとすると同時に胸が苦しくなる。私はどんな暴力も否定している。そして私の旦那は自らそういう暴力的な場に身を置くことを選ぶ人なのだ。
 また行こうって思う? と聞くと、旦那は言葉を濁した挙句「あの修行道場とは正反対のものに苦しんだ時とかは行きたいって思うだろうね」と言う。私はその正反対のものにどれだけ苦しめられ鬱に苦しんでいたとしても、修行道場には永遠に行かないだろう。もっと言えば、修行道場よりも死を選ぶだろう。
「これだけのものに耐えた、っていうのはあるよね。今会社でどんな嫌なことがあっても全く意に介さないだろうな、って思うよ」
「例えばだけどさ、その大学生の二人がブラック企業に就職して、洗脳研修みたいなの受けたとしたら、あの時よりまし、って全然耐えられるかもしれないよね」
「それは、全然マシだろうね」
「あの修行を耐え抜いたんだからこんなん全然よゆーで耐えられるわ! みたいな感じで、この体験をそういう方向の自信にしちゃうんじゃないかってちょっと心配だな」
「いや、逆に抵抗力がつくんじゃないかな」
 へとへとな彼は瞼が重そうで、子供達はまだリビングでTWICEを踊っている気配であるのに、今にも眠ってしまいそうだった。基本的に鬱は早起きや掃除や武道や水行をすれば治ると思っている旦那と、早起きや定期的な掃除、武道や水行をするような人は鬱にはならないし鬱な人はそんなことできないし、そんなことをするくらいなら死ぬと思っているのだと主張する私は、一生分かり合えないだろう。それでも重なり合った部分はあって、その部分のかけがえのなさを思うたび、私はこの人と一生離れられないような気がする。この人とは離婚するほかなさそうだ。そういう判断を下したことも何度かあったけれど、彼のかき鳴らす雑音に揉まれている内、意外なほどその雑音に私の憂鬱や死にたみが紛れていることを自覚した。永遠に分かり合えない人と一番近いところで生きることこそが、きっと私にとっての修行なのだ。
 いつの間にか寝息を立て始めた旦那の横で、リビングから届くかしましい子供達の声に顔を顰めながら、唐突に悲しいと言った長女の声が蘇る。長女はいつか気づくだろうか。ふとした拍子に「なんか悲しいなあ」と言う時、必ず私が「私も悲しいんだ」と答えていることに。そして気づく。私は幼い頃、悲しみに共感してくれる人が欲しかったのだと。そして今、もはや私は悲しみに共感してくれる人を欲していないのだと。私の悲しみなど露知らず、自ら望んで修行に赴く人に救われているのだと。

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著者 金原ひとみプロフィール

1983年、東京都出身。2003年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。2010年『トリップ・トラップ』で織田作之助賞受賞。2012年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。著書に『アッシュベイビー』『AMEBIC』『オートフィクション』『クラウドガール』等がある。現在『SPUR』にて「ミーツ・ザ・ワールド」を連載中。