#54

寡黙さこそが、何より雄弁

 前にも書いたとおり、大好きだった父は、ある日いきなり倒れてかえらぬ人となった。まるで西行法師みたいに、春の桜の頃に何も言わずに亡くなってしまった。

 あまりにも突然だったので、もちろんショックは大きかったけれど、いくら文句を言ってもすでに亡くなってしまったからには結果を受け容れるしかないわけで、私も家族も、皆あっけにとられたまま頷くしかない感じだった。何というかこう、有無を言わせない死だった。

 それに比べると、〈もみじ〉の一生の終わりは今、ゆるやかに近づいてきている。引き延ばすことは少しなら出来ても、回避することはかなわない。かなわないのだという事実に対して、頷きたくなんかないのに、諄々じゆんじゆんと時間をかけて説得されている気がする。それはそれで辛い。

 心の準備をどれだけ周到に重ねているつもりでも、愛する者をいざ見送る段になると、みっともないほど狼狽うろたえてしまう。

 私にはまだ、ほんとうの覚悟など何も定まっていない。

 

 結局のところ、もみじの腫瘤しゆりゆうの再発がわかって待合室で茫然としている場面は、実際の放送には使われなかった。
 ああ、なるほどなあ。こういうふうな抑制の利いた取捨選択こそが、「ネコメンタリー 猫も、杓子しやくしも。」という番組を上品で上質なものにしている所以ゆえんなんだろうなあ、とつくづく思った。

 ことさらドラマチックにしない。たとえ映像そのものは事実を映したものであっても、結果的に演出に見えてしまうような構成は避け、あくまでもさりげなく日常を綴る。多くを語ろうとせずに、ただ日々の移ろいを誠実に映し留め、それを淡々と積み重ねてゆくことで、かえって〈生きる〉という営みの重みとはかなさの両方が際立つ。今そこにある命が、どんなに小さくとも他とは決して置き換えることの出来ない唯一のものであること、その文字通りのかけがえのなさが胸に迫ってくる。

 私ともみじの回より前に、すでに角田光代さんと〈トト〉、養老孟司さんと〈まる〉、吉田修一さんと〈金ちゃん・銀ちゃん〉が制作され放送されていて、どれも違った雰囲気の番組に仕上がっていたけれど、抑えた品の良さは同じだった。

 感動へと誘導されるわけではまったくないのに、それぞれに溺愛されている猫たちの気ままな姿を眺めているだけで、どういうわけか胸が熱くなる。寡黙さこそが何より雄弁な、不思議な番組だった。

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著者 村山由佳プロフィール

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。その他の小説に『放蕩記』『ワンダフル・ワールド』『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズなど、エッセイに『晴れ、ときどき猫背』『楽園のしっぽ』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、現在は長野県軽井沢町在住。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おじさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、温かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子