#32

個性も好みも、ばらっばらの5匹

 ともあれ、猫のいる生活についてであります。

 いちばん早起きなのが〈もみじ〉、という話までだった。

 夜中だか明け方だかよくわからない時間帯に缶詰を(背の君が)開けてやり、ふらふらとベッドに戻ってもう一度とろとろ眠りに落ちると、じきに本当の朝がやってくる。夏ならば4時過ぎにはもううっすらと明るいし、冬は6時に近くならないと闇は去らない。

 軽井沢高原の朝、というと多くの人は爽やかな夏のそれを思い浮かべるだろうけれど、じつのところ、冬の朝の美しさといったらない。

 仕事場の窓の外、すぐ近くを通る〈しなの鉄道〉の線路を3両きりの始発電車が走ってゆくと、()てついた架線とパンタグラフがこすれてガガガ、ガガ、と音をたて、火花が飛び散る。大きくて派手な線香花火のようだ。

 しかもそれが雪の朝だとなお素晴らしい。ぼんやり青白く明けてゆく林を背景にさらっさらの粉雪が舞い上げられるのを、こちらは白銀の檻の中から、つまり軒先から何本も並んで垂れ下がる氷柱(つらら)越しに、うっとりと眺める。厳寒の季節にしか見られない、夢のような光景だ。

 そうしてすっかり朝が来ると、他の4匹の猫たちも起きだしてくる。

 いちばんにとんできて、「ついてこいよ!」とばかりに2階へ誘おうとするのは、9歳のラグドール〈青磁〉だ。亡き父の家から連れてきた彼は、いまだに他の猫たちと心底打ち解けようとはしないけれど、偏屈なくせに甘えん坊という厄介な性格で、何よりベランダに出るのが好き。2階へ行きたがるのも、早くドアを開けて出して欲しいからだ。

 次にのそのそと起きてくる10歳のメインクーン〈銀次〉と、3歳のサビ猫〈楓〉は、たいてい一緒。銀次はひとりで寝たいはずだが、「銀次おぢさま大好き!」な楓がそれを許してくれない。銀次が寝れば、その上で寝る。銀次が起きれば後をついて歩く。恋人を気取っているのか、それとも親だと思っているのかはよくわからない。いずれにせよ、銀次は文句も言わずに付き合ってやっている。

 その楓と同腹の兄である黒白ハチワレの〈サスケ〉は、寒いときは勝手にキッチンの戸棚を開け、中の段ボール箱にもぐりこんで寝ている。ちょうど冷蔵庫の裏側にある戸棚だけに、けっこう熱がこもるらしい。

 ビビリの彼は、来客があるとすぐさま察知してどこかへ姿を消し、帰るまで絶対に出てこない。とにかく〈とーちゃん〉さえいればそれでいい、というくらいの甘ったれだし、猫のくせに生っぽいものは決して口にしない。生魚はもちろん、缶詰も駄目で、頑としてカリカリしか食べない。ついでに言うと、こちらが生足だと絶対踏まない、という徹底ぶりである。

 ことほど左様に、個性も好みもばらっばらの猫たち総勢5匹を相手に、栄養が行き渡るように数種類のカリカリを用意し、ウンコの状態をチェックし、毎日必ずブラッシングをするのはもちろん(?)背の君の役目だ。

 彼がこの家で暮らすようになっていちばん喜んだのは、もしかすると私ではなく、猫たちだったかもしれない。

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著者 村山由佳プロフィール

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。その他の小説に『放蕩記』『ワンダフル・ワールド』『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズなど、エッセイに『晴れ、ときどき猫背』『楽園のしっぽ』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、現在は長野県軽井沢町在住。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おじさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、温かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子