#番外

【05】〈もみじ〉の命名

※村山由佳著『晴れ ときどき猫背』(2002年/集英社刊)より一部抜粋(承前)。

 

【『四季・子ねこ』の巻 より抜粋】

 名前を決めなくちゃ、と言い出してから数日が過ぎていた。四匹セットの語感のいい名前、と考えるせいか、なかなか決まらない。

 ――名前。

 そう、私たちはもう、どちらから言い出すともなく、全員をうちで面倒みることに決めていた。子猫たちの姿をひと目見てしまった後では、手放すなんてとうてい考えられなかった。真珠の体から次々に出てくる濡れた肉の塊が、ぽええ、ぴああ、と鳴きながらふわふわの毛玉へと変わっていくところを見守っていたあの数時間で、私たちは否応なく、家族として結び合わされてしまったのだと思う。

(中略)

 さんざんあれこれ悩んだ末に、結局、せっかく四匹いるのだからと、それぞれに春夏秋冬にちなんで次のようなところに落ち着きました。

 いちばん大きい、真珠そっくりのモヤモヤ三毛が〈かすみ〉。最初に生まれた黒白ブチの、たぶん男の子なのが〈麦〉。紅葉した山のように色のくっきり分かれた三毛が〈もみじ〉。そして、白地にポチの、甘えんぼのちびすけが〈つらら〉。

 え? ややこしくて覚えにくい?

 そうでしょう、そうでしょう。何たって私自身、間違わずに呼べるようになるまでしばらくかかりましたもの。ま、ものごと何でも、慣れです、慣れ。

 でも、名前を覚えるよりももっと大変だったのは、四匹がそれぞれヨチヨチ歩きを始めてからだった。立つにも座るにも、いちいち下に子猫がいないか確かめてからでないと、危なくてしょうがない。気づかずにうっかり踏んでしまったら? クッションの下にいると知らずに上から座ってしまったら? 考えるだけでゾッとする。

 とはいえ、一か月ほどたつうちには彼らもだんだん足腰がしっかりしてきて、あちこちすばしこく動き回り、やがては砂を入れた箱の中に自分から入っていって用を足してくれるようになった。ミニチュアの前足でせっせと砂を掘り、掘ったのとは全然違うところに腰をおろして、まじめくさった顔でおしっこをする。一匹がそうすると、なぜか連鎖反応のように全員が次々に入っていって、やっぱりまじめくさった顔で同じことをする。

 ただ困るのは、自分のおしっこやうんちの上の砂をかけようとしてくれるのはいいのだけれど、たいてい狙いがはずれて箱の外へ砂をまき散らすことだった。おまけに、子猫たちと違って自由に家の外へ出ていける真珠までが、ときどき面倒くさがってそこで用を足すようになってしまったのだ。本人はこっそり内緒でしているつもりらしいのだが、現場に残されたブツの大きさを見れば犯人は一目瞭然なんである。

 

※次回(1月26日)更新より、『猫がいなけりゃ息もできない』本編の連載に戻ります。

毎週 火・金曜更新(の予定)

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著者 村山由佳プロフィール

村山由佳(むらやま・ゆか)
1964年東京都生まれ、軽井沢在住。立教大学卒業。1993年『天使の卵―エンジェルス・エッグ―』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞を受賞。その他の小説に『放蕩記』『ワンダフル・ワールド』『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズなど、エッセイに『晴れ、ときどき猫背』『楽園のしっぽ』などがある。

猫プロフィール

  • もみじ(♀17歳 三毛)

    男を見る目のない作家のかーちゃんに付き添ってあちこちを転々とし、現在は長野県軽井沢町在住。半世紀も猫を飼ってきた飼い主をして「こんなに猫らしい猫を見たことがない」と言わしめる、村山家のお局様。

  • 銀次(♂10歳 メインクーン)

    体重8キロ、大柄だが気は優しく、犬にも人間にも動じない、村山家のお客様おもてなし担当。中身はたぶん、おばさん。

  • サスケ(♂3歳 黒のハチワレ)

    妹の〈楓〉とともに村山家の一員となった。極度のビビリの半面、とんでもない甘えん坊。鳴き声は常にひらがなで、「わあ」。

  • 楓(♀3歳 サビ色の三毛)

    サスケ兄ちゃんの鈍くささを嘲笑うかのように、わざと危ないところへ上ってみせるおてんば娘。銀次おじさまのことが大っ好き。短い尻尾がコンプレックス。

  • 青磁(♂9歳 ラグドール)

    真っ青な瞳の美しい貴公子だが、性格はやや屈折している。飼い主が亡くなったため、温かな南房総から軽井沢へと連れてこられた。ただ今、他の猫たちとの共存方法を模索中。怪鳥のように「めけぇっ」と鳴く。

本文写真・猫近影
村山由佳
著者近影 山口真由子