第一章 憲法って何?(1/4)

君たちはどう考えるか?

 憲法についてのニュースが増えてきたね。君たちは、憲法について、どれだけのことを知っているかなあ。そこでまず、憲法についてどう思っているか、君たちの意見や感想を聞こう。憲法改正に賛成の人の意見は?

 

「九条に限らず、現在の実情に合わなくなってきているものは、変えるべきです。自衛隊を今のよくわからないものにしておくよりは、はっきりと憲法に存在を書くべきです」
「一度変えてしまうと、改正のハードルが低くなる危険性はあるけれど、起こりうる事態に対して先手を打つことが必要だと思います。世界情勢を考えると、戦争に持ち込まれるラインの一歩手前まで防衛レベルを上げておく必要があるのではないでしょうか」
「七〇年前に制定された憲法が、これほど技術革新が進んだ現代において、不都合が生じないはずはありません。テロや北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の脅威が迫る中で、戦力を持たない日本は、格好の標的になりえます。最高法規が簡単に変えられると、その威厳が損なわれる心配もありますが、時代に合った柔軟な対応が必要だと思います」

 

 なるほど。では、憲法改正に反対の人の意見は?

 

「世界に先んじて軍隊を捨てた平和国家を誇りに思うべきです。外圧によって憲法改正を迫られている感があります」
「法律が世の中の変化に伴って改正されているように、憲法もそうあっていいという意見がありますが、時代は変わっても国のポリシーは変えるべきではないと思います。政府の都合に合わせて改憲できるようになれば、国の秩序を維持するのはむずかしくなります」
「憲法が国民を権力者から守るためのものであるなら、権力者が憲法を変えるということは、その縛りを緩和し、独裁への歩みを進めることになりかねないのではないでしょうか。憲法のおかげで七〇年以上平和が維持できましたが、この間に九条を変えていたなら、今の平和はなかったかもしれないと思います」

 

 賛成も反対も、よく考えているねえ。それ以外の意見はあるかな?

 

「二〇一八年のNHKによる一八歳以上の電話調査では、改憲に賛成が二九%、反対が二七%、どちらとも言えないが三九%、わからないと無回答が五%。つまり四四%が意見を持たないか言えないことになる。この原因は無関心だからではないでしょうか。無関心の理由は、憲法についてよく知らないということではないかと感じています。憲法を理解していないと議論になりません。それが問題だと思います」

 

 おお、僕がこれから話そうとしていたことを先取りしてくれたね。そうなんだよね。そもそも憲法の条文を読んだ人がどれくらいいるのか、ということだよね。たとえば街頭インタビューで「憲法改正に賛成ですか? 反対ですか?」と聞いたところで、聞かれた人が憲法を読んだことがなければ、意味がないよね。
 このところ憲法がニュースになるのは、安倍晋三首相が憲法を改正すべきだと主張してきたことが大きな理由の一つだろう。
 しかし、一方で憲法改正に反対する人たちが大勢いることもまた憲法が話題になる理由になっていると言えるんじゃないかな。
 世論調査を見ると、憲法を変えたい人と変えないほうがいいという人は、だいたい国民の半分ずつぐらいなんだ。でもこの世論調査で、たとえば新聞で「憲法を変えたい人が五割」と見出しになっていたとしても、気をつけて内容を吟味しなければいけないよ。こういったニュースに出合ったとき、「ああ、五割の人が変えたいんだ」と思うだけでいいのだろうか。
 なかには「九条を変えたい人が五割いるんだ」と思い込んでしまう人がいるかもしれないね。
「憲法を変える」といっても、九条を変えるかどうかという質問への答えとは限らない。答えた本人は、別の条文を変えたいと思っているかもしれない。これまでの憲法改正論では、いつも戦争放棄を(うた)った九条が話題になるので、憲法改正賛成=九条改正賛成と早とちりしてしまう人もいるかもしれないよね。
 新聞に世論調査の結果が報じられているときは、記事の見出しや本文だけではなく、どんな調査の方法だったのかを確認したほうがいい。新聞などであれば必ず何ページか後に実際の質問の文章と詳細な結果が出ているから、それを読んでみてほしいんだ。どんな質問の文章に対する答えなのか。それを見極めることがとても大切なんだよ。
 たとえば「憲法を変えたほうがいいですか。今のままがいいですか」という質問があったとする。「憲法を変えたほうがいいです」という人が五割いたとしよう。でも憲法を変えたほうがいいといっても、どこをどう変えたほうがいいと回答者が考えているかはわからないよね。たとえば九条を変えて軍隊を持てるようにすべきだという人もいるかもしれないけど、一方で自衛隊も含めて武装組織を絶対持てないようにもっと九条を強化する方向に変えたほうがいいと考えている人も中にはいるかもしれないからなんだ。
 さらには、教育の無償化を大学まで拡大することを憲法に書き込むべきだという理由で「憲法改正賛成」と言っている人がいるかもしれないでしょ。あるいは同性婚ができるように憲法に明記すべきだと考えている人もいるかもしれない。
 ただ「変えたほうがいい」という人が五割いるという見出しだけで判断してしまうと、見えてこないことがあるんだよね。
 新聞社によっては、時には世論調査の質問の文章自体が、その新聞社の主張に沿った答えが出るような内容に誘導しようとしていることがある。以前、僕は新聞のコラムで、ある新聞社が自社に都合のいい答えが出るような質問をしていると厳しく批判したんだ。すると次から、その新聞社の世論調査の質問の内容ががらっと変わり、中立的な言い方の問いに変わった。きっと僕の批判が堪えたんだろうね。そういうこともあるから、どういう質問がされているのかというところまでぜひ注意してほしい。

自分で判断するために

 僕がテレビの番組で憲法について解説したりすると、スタジオの出演者から、「池上さんの考えはどうですか?」と聞かれることがある。これは「池上さんの意見が正しいと思いますから、教えてください。それを私の意見にします」という発想が裏にあると思うんだよね。
 でも、それって自分の考えを放棄していることになるよね。それでいいんだろうか。憲法を改正すべきかどうかをはじめ、自衛隊をどう考えるかはもちろん、さまざまな問題に関して、それらはまさに君たち自身がそれぞれ考えることなんだ。池上がどう考えているのか。池上の言うことに従いましょうというのは、民主主義から最も遠い振舞いで、危険なことなんだよ。
 民主主義とは何か。一人ひとりが自立した市民として判断するということが基本的な要件なんだ。だから僕の役割は、君たちがそれぞれ判断するための材料を提供することだ。君たちにとっては歯がゆいことかもしれないけれど、ぜひ自分で判断してほしいと思っています。
 そして憲法改正に賛成するにも反対するにも、自分で判断するために、まずは、「そもそも憲法とは何なのか」ということを改めて知っておく必要があるんだ。

立憲主義とは何か

 近年よく聞くようになったのが、「立憲主義」という言葉だ。この「立憲主義」とは、主権者、つまり国民が権力者の力を法に基づいて縛るという考え方だ。
 かつてヨーロッパでは、王制のもとで国王が絶対的な力を持っていた。それに対して革命が起こり、たとえ王様であっても守るべきルールがあると、国民が権力者にルールを示した。たとえば一七世紀のイギリス。国王の勝手な振舞いに対し、議会が国王の権限を制限しようと「権利の章典」を定めた。これによって国民と議会の権利を明確化して、絶大だった国王の力を縛ったんだよね。
 権力は法に基づいて規定されて、法の力によって権力が抑制される。これが立憲主義という考え方だ。民主主義の国家において憲法は、国民がいて、権力者がいて、その権力者に対し「あなたたちには守るべきものがある」といって提示したものなんだ。
 だから、憲法を守る義務があるのは権力を持っている人。つまり憲法を守らなければいけないのは、官僚や裁判官をはじめとした公務員であり、国会議員であり、天皇です。それは日本国憲法にも書いてあります。

第九九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。(日本国憲法)

 極端な言い方をすると、「国民は守らなくてもいい」とも言えるんだよね。でも改正を目指す自民党が二〇一四年に示した憲法改正草案では、この九九条は以下のような規定に変更されている。

第一〇二条(憲法尊重擁護義務)
○1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
○2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。(自民党の憲法改正草案)

 国民が権力者を縛るのが憲法であるはずなのに、これでは国民こそが守らなければならないものに変質している。
 このため、自民党の憲法改正草案は、権力を持つ者が国民を拘束しようとするためのルール改正だと指摘する意見もあるほどなんだ。

 

 法律に違反して逮捕される人はいるけれど、憲法違反をして逮捕された人がいるなんて話はこれまで聞いたことがないだろう?
 でも、自民党案のように改正した場合、憲法違反で捕まるなんていう可能性も出てくるかもしれないよね。まあ、これは冗談にとどめておきたいレベルだけど。
 この草案では憲法擁護義務の対象から天皇がはずされている。今の天皇陛下は、折りに触れて「日本国憲法を守り……」とおっしゃっている。そういうことを言ってほしくないんだろうかと勘ぐりたくもなります。
 現在の憲法は、国民が権力側の力を縛るために取り決めたものだから、憲法違反が問題になるのは、法律などが憲法と照らしてそこから逸脱した状態になっていないかどうかが問われるときである。それが問われるのは基本的に行政の側です。これも現行憲法では次のように規定されている。

第九八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。(日本国憲法)

 法律などが、憲法に違反している状態にあるかどうかを判断するのが、裁判所だ。これは中学生の社会科の公民の授業で習ったので覚えているはずだよね。大丈夫かな。テレビ番組で、政治の仕組みなどについて「これは中学校の社会科で習いましたよね」と僕が言っても、「さあ」と言って下を向くゲストがけっこういるので、つい不安になってしまうのだけれど。
 裁判所には「違憲立法審査権」がある。要するに国会でつくられた法律が、憲法に違反しているかどうかを、最終的には最高裁判所が判断するということです。この規定も憲法に書いてある。

第八一条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。(日本国憲法)

 ただ、その裁判所も政治的な問題への判断を保留することがある。たとえば、自衛隊が憲法九条に違反しているのではないかという訴訟が起こされたとき、そういう高度に政治的な判断が求められる問題に関しては、裁判所が判断しないという方針を打ち出した。これが「統治行為論」と言われている考え方だね。裁判所は判断しないで、国会議員にこの問題についての判断を任せてしまう。この姿勢に関しては、裁判所がその役割を放棄しているのではないかという指摘もある。判断が求められ、判断する役割を担っているはずの裁判所がどうして判断しないのか。判断から逃げているのではないかと言いたくなる。
 でも、裁判所にしてみると、「自衛隊が憲法違反だという判決を出したら、影響が大きすぎる。そんな事態には責任が持てない。国会で決めてよ」という気持ちなんだろうね。気持ちはわかるけど、それでは憲法に規定された裁判所の役割を果たしているとは言えないのではないだろうか。

憲法と法律の関係は?

 立憲主義の憲法というのは、権力者が守るべきもの。私たち国民が守らなければいけないものは、その憲法のもとでつくられた一般的な法律ということになる。私たちが生活する上では、何らかのルールが当然必要だよね。それを決めなくてはいけません。そのルールは、たとえばクラスや学校、町内会レベルのものであれば、みんなで話し合って決めることもできる。しかし一億数千万人もいる国民全体のルールとなると、いちいち集まって決めるというわけにもいかない。そのため、私たちの代表に委任して、ルールを決めてもらおうということになった。憲法に基づいて、権力を持つ人たちを選挙で選ぶことにしたんだ。

第四一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
第四二条 国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。
第四三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
○2 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。(日本国憲法)

 憲法で定められた選挙によって選ばれた国民の代表が議会(国会)で法律を制定し、その法律をみんなで守りましょうという仕組みになっているんだ。ただ、法律の中には、一般的な法律とは別に基本法というものがある。「教育基本法」や「原子力基本法」、「災害対策基本法」や「消費者基本法」、「障害者基本法」や「環境基本法」など。基本法自体たくさんあるんだ。これがどういう意味を持つかというと、憲法と一般的な法律の間にあるような法律とでも言えばいいかな。
 たとえば、義務教育で小学校から誰もが学校に行きます。これはまず憲法で保障されています。

第二六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
○2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。(日本国憲法)

 では、学校でどんなことをするのかというと、「学校教育法」という法律があり、この法律に基づいて、それぞれの学校が設立され、授業が行われている。この学校教育法という法律と憲法の間にあるのが「教育基本法」です。教育に関して憲法では、義務教育は無償とすると決めてありますから、公立の学校へ行くのにお金はかかりません。しかし憲法には、具体的にどのような教育をすべきかといった細かい内容は定められていない。そこで、その理念を具体的に書いたものが基本法であり、その基本法に基づいて、個別の法律が制定されている。こういう三段階になっているんだ。
 たとえば「大気汚染防止法」、あるいは「水質汚濁防止法」のような具体的な法律があります。その具体的に守るべき法律の他に、そもそもどのような環境を守るべきなのかといった理念を定めた「環境基本法」があるわけです。
 最高法規である憲法を権力者が守る。憲法に定められたルールに基づいて私たちが選挙で議員を選び、私たち国民の代表としてその議員が法律をつくる。そのときにある程度の理念を定めた基本法が憲法と法律の間にあることで、時代が変わり、一般的な法律がもし理念から外れていくような状況になってきた場合、法律は理念に基づいて改正していくことになるわけだ。

著者プロフィール


池上彰(いけがみ・あきら)
ジャーナリスト。名城大学教授、東京工業大学特命教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。73年NHK入局。記者として災害や事件、消費者問題などを担当し、94年から「NHK週刊こどもニュース」初代お父さん役を11年間続ける。2005年にNHKを退職。フリーランスの立場で幅広く活動する。『そうだったのか!現代史』『そうだったのか!日本現代史』『高校生からわかる「資本論」』『これが「日本の民主主義」!』など、著書多数。
撮影:山下みどり