#03 ねこを袋から出せ/Let the cat out of the bag

【ぼく】6月17日
 
 当初は温かく見守ってくれていた義母だったが、こかりのぐうたらぶりや、ぼくのイラストレーター業の閑古鳥の鳴きっぷりを()の当たりにして、最近その眼差(まなざ)し温度がすごい勢いで下がってきた。いずれ絶対零度の視線で氷漬けにされてしまう前に、ぼくらは重い腰を上げて8畳間の我が城に帰ることにした。
 
 ホワンにとっては初のお引越しだ。ペット用キャリーバッグなんて買えないので、紙袋にタオルを敷いて代用品とした。田園都市線と()(かしら)線を乗り継ぎ吉祥寺(きちじようじ)に。ホワンは突然の移動に戸惑っているのか、やたらと鳴くので気が気じゃなかったが、そのうち、紙袋から顔を出して景色を楽しむことを覚え、落ち着いた。ひょいっと顔を出すたびに、周りの女の子たちから「かわいい~」と声援を浴びて、まんざらではなさそう。
 
 無事アパートに到着し、鍵を開けていると、こかりが(おび)えた声で「ジョーが見てる」と、耳打ちしてきた。隣人のジョーは、その西洋風な呼び名とは裏腹にお腹の出たいわゆる日本のおじさん的風貌(ふうぼう)なのだが、なぜか表札には太いマジックで「ジョー」とだけ書きなぐってある。さらに、「ジョーが通るぞ」とか「ジョーの出番だ」とかつぶやきながら敷地内をうろうろしているので怖い。
 
 ジョーはドアの隙間(すきま)からねっとりとした視線をぼくらに向けていた。このアパートはペット不可だが、大家さんも猫好きで大目に見てくれているのか、飼っている住人を何人か知っている。しかし、ジョーは自分には甘く、他人には厳しいのでホワンが見つかったら面倒が起きるのは火を見るより明らかだ。急いで部屋に入り、ロックとチェーンをかけた。
 

【ミー】June 17th
 
 ファンちゃんとよばれているきがする。ファンなことなど、なにもないエブリデイなのに。このちいさなボディーにも、まだなれない。レッグがショートなので、いままでのダブルでうごかさなくてはならないから、とてもつかれる。クタクタになってはひるねのくりかえし、スマにいたずらするひまもない。
 
 きょうはさらにバッドデイだった。だれかがミーをつかむと、いきなりペーパーバッグにつっこんだのだ。マイゴッド、ねこさらいか? とおびえ、スマにたすけをもとめようとしたら、「おとなしくしててね」という、タイラーのこえがする。はんにんはおまえか、なんのつもりだ? タイラーは、ミーのはいったバッグをかかえると、コカリとともにアウトサイドにでた。どこにいくのか?
 
 やがて「デンシャ」とかいう、ロングなカーにのせられた。タイラーがプロムのときによんだリムジンよりもはるかにロングだ。デンシャでは、キッズがさわぎながらミーにむかってめだまのついたスティックをむけてきた。スケアリー。それに、うるさくてひるねもできない。
 
 デンシャからおり、つれてこられたのは、タイラーのクローゼットみたいなタイニールームだった。コカリがうれしそうに、「あなたのあたらしいオシロよ」といった。ここでは、クローゼットを「オシロ」というらしい。ミーはあらたなワードをおぼえてさらにスマートキャットになった。
 

毎月第1・3火曜日更新

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北澤平祐プロフィール

北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住後、帰国しイラストレーターとしての活動を開始。
多数の書籍装画や、花王、東京ソラマチ、渋谷ヒカリエなどのキャンペーンビジュアル、ファミリーレストランCOCO'Sのメニューイラストや、洋菓子のフランセ、キャラメルゴーストハウス、KENZO Parfumsの商品パッケージ等、国内外の幅広い分野でイラストを提供。
オフィシャルサイトwww.hypehopewonderland.com